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夢想庫

気まぐれ書き綴る夢小説もどきの置き場

   

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第六夜 鏡の怪



下にずれたメガネを鼻の上で押して位置を戻す。自宅で朝食をとりながら今日の朝刊に目を通していると、小さな記事に目が止まる。
『――男子生徒(13)。心臓発作で死亡』
 他の新聞を探すと何枚か同じ事件の記事を見つけた。
 記事の少年は持病も何もない普通の健康体。心臓発作が起きた理由は解明されていないらしい。
 この町では原因不明の事件が度々起こる。時にそれらの事件の裏では人外の者達が関わりあることを知る者は少ない。
 それにしても被害者の年齢が気になる。リクオも今年で十三。「十三日の金曜日」「十三階段」など、十三から連想される話は多い。「年齢の十三」が意味するモノ。思考に張った網に、何かが引っ掛る。
 新聞を畳んで、ノートパソコンを開いた。このパソコンには瑞樹は見聞きした伝承、実体験した怪異のデータが記録されている。保存されているデータを引き出し、ああこれだ、と指をとめる。
「『紫の鏡』……」
 七年前、十三歳の子供が連続で謎の死を遂げる事件が起きた。一時期、オカルト関係のサイトではこれは「紫の鏡」の仕業だという噂が流れたが、当然始まった事件は突然パタリと終わっていた。
 一件目で再発と断定するのはいささか早過ぎる。
 ノートを閉じ、お茶を一口啜って一息。
「少し、調べてみるか」


◆ ◇ ◆


 ゆらりと現れた人影に、蛇を首に巻いた老婆は顔を上げた。
 白い着物に黒い羽織、顔を隠す白布の面。見慣れた“情報屋”の姿。
「おや、こんな真っ昼間から来るなんて珍しいね。まだ店は開いてないよ……なんて、お前さんなら当然知っているか」
 夜店の多い化け猫横丁には当然昼間は準備中。老婆の言う通り、そんなことはわかっている。情報屋の目的は情報収集だ。
 通行手形を見せると老婆は通って良しと言う。老婆の首の蛇が情報屋に伸びると、情報屋は白布の隙間から蛇を見据えた。途端に蛇は本能で察したのか、もとの場所に戻る。老婆が慰めるように蛇の頭を撫でた。
 情報屋は一番街名物店「化猫屋」の前を素通りし、裏道に曲がって、建物と建物の間に挟まり両脇から押し潰されて上に伸びたような細長い古びた建物の前で 立ち止まった。立て付けの悪い入り口の引き戸を音を立てながら力づく開くと思いの外、大きな音が立ち、中の住人が階段を下りてきた。
「誰だこんな朝っぱらか……って、うぇ!?」
「もう真っ昼間だ」
 驚いた赤髪の男の言葉に訂正を入れると、声を聞きつけたもう一人の住人が赤髪の男を押し退け、現れる。
「なにかご用ですか……」
 褐色肌の男は淡々に言ったが、情報屋には彼がまるで主人の命令を待つ犬のように見えた。
「聞きたいことがある」
 と言うと、二人の表情が誰が見ても明らかなほど喜色に染まる。
 二人は情報屋に頼られることが何よりも嬉しく、例えそれがどんなに小さなことだとしても、二人は全力で情報屋の願いを叶えようとする。
「“雲外鏡”が今どこにいるか知っているか?」
「うんがい、きょう? んだそりゃ?」
 情報屋が知らないのか、と問うと褐色肌の男が赤髪の男の脇腹に肘鉄砲を食らわせる。
「ぐほっ?! な、何しやがる風真!!」
「このバカが知らないだけです……。確か最近見かけたという話を聞きましたが……、アレがなにか……?」
「俺をムシすんな!」
「ちょっとな。最近、雲外鏡の仕業らしい事件があって、少し気になったんだが」
「あ、あの……」
「わかりました……。今すぐ居場所を突き止めます……」
 そう言って風真は風通しの良い表に出た。
 風を操る妖怪である彼は、風の届く場所なら風を通じて対象物の状況、位置を探し当てることが出来る。奴良組の情報網を凌ぐ早さだ。
 彼に任せれば自分で探すよりも、ものの数分で探し当ててくれるだろう。
 玄関の隅で赤髪の男が床に「の」の字をなぞっていた。典型的にいじけ方だ。情報屋がただしばらく見つめていた。ただ向けられるだけの視線に絶えられなかったのか恨めしげな表情て振り返った。
「慰めてくれるとかないんすか」
「それを私に期待するのか? 火斑」
 ううッ、イジワル……でも好きです。とどさくさ紛れに告白まがいなことを言っているのを放って情報屋は外に出た。
 玄関先に立つ風真は目を閉じて、視覚以外の感覚をフル活動させて風の伝達を感じていた。だが、どれほど感覚を広げても目的の情報は得られない。無意識に 眉間に皺がより、感覚をさらに浮世絵町の外にまで伸ばす。しかしやはり見つけられず、雲外鏡がどういう妖怪であったかをふと思い出すと、風真は目を開い た。
 自分の隣に情報屋がいたことはすでに知っていた。
「申し訳ありません……。どうやら雲外鏡は現<うつつ>にはいないようです………。あれは……、鏡の妖かし……。鏡像の世界に出入りすることができます……」
「鏡像世界に現実の風は届かない、か」
 そうなるとどうやって雲外鏡の位置を特定したものか。
 白布の面のせいで表情はわからないが、面の下も無表情で悩んでいる風にはきっと見えないんだろうなと顎に手を当てて考えに耽る情報屋を見ながら思う。


◆ ◇ ◆


 “雲外鏡”
 “通称、紫の鏡。『魔を照らす鏡』”
 “この鏡を見ると十三歳の誕生日に殺されるという。”
 “十三とは、妖怪の世界では昔っから成人の歳されている”


 ”目撃者”への聞き込みによると最近見かけた雲外鏡はとても機嫌良さそうだったそうだ。「もうすぐ迎えに行くよー」と鼻歌調子で口ずさんでいたらしい。それが一昨日の話だというから、まだ死んでない人間がいるということだ。
 人気のない時間、十三の子供を狙うとしたら、中学校付近の放課後が狙い時と予想される。
 風真の風が一瞬だけ雲外鏡の気配を感じたという。そこは、浮世絵中付近の住宅街。コンクリートの地面に手を付き、睨みつける。いくら睨んでも地面に異次 元に繋がるような穴が開くわけでもなく、情報屋は諦めて顔を上げた。道の角には鏡がいくつか在る。鏡の妖怪は鏡のある場所しか移動できない。接触事故防止 のために設置された鏡は雲外鏡にとっての道となってしまう。
「どうやら浮世絵中に戻ったようです……」
「雲外鏡の気配を追えたのか」
「いえ……。しかし獲物の方は現にあります……」
 雲外鏡が狙っているらしき少女の気配はここで遭遇し、浮世絵中に逃げ戻ったのだろう。
 これ以上の被害者を放っておくわけにもいかず、方向を変え中学校の方へ足を進めた。さらに乗せられた風真の言葉に、情報屋は走らされるはめになる。
「獲物はどうやら……、奴良リクオの友人のようです……」
 それがなぜか妖怪事に巻き込まれやすい家長カナであると直感が告げた。


◆ ◇ ◆


 思い返せば今日一日誕生日だというのにろくな目にあっていない。
 変な夢を見て目覚め最悪だし、幼馴染みのリクオと謎の同級生及川つららのことが気になってしょうがないし、清継からもらったプレゼントは不気味な携帯電話な人形だし、しかも夢だと思っていた妖怪に追われるし、良いことなんて一つもない最悪な誕生日。
 トイレに追い込まれ鏡の向こうに清継達の姿を見た時、自分が鏡の世界に閉じ込められたことを知った。声は届かず妖怪がすぐそこまで迫って来て、本当に最後だと絶望した。
 だが、誰も気づかなかったはずの鏡像の世界にいるカナにただ一人、リクオが気づいた。カナがリクオの姿を見たのと妖怪に覆われたのはほぼ同時で視界が塞がれた瞬間、現れたのは鼠の妖怪に襲われた時助けてくれた、捩眼山でも姿を見た銀の髪を靡かせる美しい妖怪だった。
 あっという間にあんなに怖かった妖怪を退治して、家まで送ってはい終わりとしようとした彼の着物の裾を掴んで思わず呼び止めてしまった。
 カナは知りたかった。いつもいつもピンチの時に現れてくれる彼のことを。
「あなたのこと、もっと教えて下さい」と言った結果、カナは苦手としていた妖怪のお店で猫妖怪達に囲まれていた。
 想像してたのとは違い愉快なテンションで盛り上がる妖怪達を最初は唖然と、ひょっとしたら首が長かったり空を飛んだり火の固まりだったり異形な客の姿に 目を瞑れば、普通の人間の店と変わらないんじゃと、覚悟を決めて来たというのになんだか裏切られたような気持ちを味わった。
 苦手な妖怪の店ではあるが、ここに来たことは今日一日で一番の良いことかもしれない。


◆ ◇ ◆


「ああ、なにやってんだあいつ。連れて来たならちゃんと相手しろよ。猫共に遊ばれてんじゃねぇか」
 上の階の窓から一階の客席を見下ろした火斑は、奴良組若頭とその友人である人間の娘の様子を見張っていた。見張るというの彼の主観で、並べられた料理に手をつけながら一階を見下ろす情報屋はあくまで見守っているつもりだ。
 学校に着いた頃にはすでに雲外鏡はリクオに手を下されていて、三人はやることがなくなりカナを横抱きして外に飛び出したリクオがどこに向かうのかとこっ そりつけてみたら、良太猫の店に辿り着いたのだ。リクオも気づかれないよういつもの店内を見渡せる三階の座敷に入り、料理や飲み物を頼んで二人の様子を見 る。
 今日妖怪に襲われて怖い思いをしたばかりの小娘を連れて来た若頭の行動に火斑は呆れていた。
「ホントなにやってんだか。こんなとこ連れて来たら余計嫌われんじゃねぇの?」
「それが目的なんだろ」
 昔の遊びを従業員から教わるカナと、今の自分のようにそれを少し離れた場所から見守るリクオの姿を見つめ、情報屋は茶を呷った。
「嫌われて、あの娘を危険から遠ざけようとしているんだろうな」
 雲外鏡のようなモノなら仕方ないとしても、牛鬼の時のように身内の騒動に人間の友人達を巻き込むことをリクオは恐れている。だからワザとカナが怖いと言い苦手とする妖怪の溜まり場なんかに連れて来て彼女の恐怖心を刺激しようとした。
「けれど、どうやらその作戦は失敗みたいだけど」
 カナの様子はどう見ても怖がっているものではない。むしろ初めての経験に困惑し戸惑いながらも少しずつ楽しみを見出している。
 火斑は、ハッ、と鼻を鳴らす。
「まあ、猫共を見て怖がれという方が無理だろうよ。俺みたいなここら辺のヤツらから怖がられてるような妖怪じゃないとな!」
「怖がられてるんじゃなくて……、迷惑がられてるの間違いだろ………」
「んだとっ風真!」
 風真の余計な一言で喧嘩を始めそうな二人の頭に拳を叩き込む。余計な騒ぎを起こして迷惑を被るのは情報屋なのだ。
「どちらも迷惑だ」
 一端は静かになる二人だが、今度はお前のせいで怒られたと互いに臑や脇腹を突っつき小さな喧嘩を始める。
 兄弟だというのに仲が悪い。いや、彼らの場合は仲が悪いことが兄弟仲の良い証である。
 火斑の言った通り、嫌われたいならもっと恐怖を与えるような人を襲う妖怪の場所に連れて行けばいいのだ。だけどリクオは友人を危険な妖怪にワザワザ会わせたりはしない。危険から遠ざけるためだというのに、そんなことをしたら本末転倒。
 その優しさが彼のいいところ。
 リクオの思いを尊重し、今日も情報屋は傍観する。
 その優しさがいつか彼の身に危険を招かないことを願いながら。




2012.06.02 明晰
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