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夢想庫

気まぐれ書き綴る夢小説もどきの置き場

   

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とある日の夕食



働く響子の帰りは遅い。できるだけ早く帰ろうとは思っても、なかなか思うように仕事は終わらない。たまに帰宅が夜中になってしまうこともある。
 そういう時は、静雄と幽の夕飯は響子が朝のうちにあらかじめ作っておいた冷蔵庫に入っている作り置きが夕飯になる。急な仕事で帰れなくなった時はコンビニや困ったときのカップラーメンが二人っきりの食卓に並ぶ。
 時刻が五時を示し、空が暗くなり始めた頃。家の電話が鳴った。
『もしもし』
「母さん?」
『ああ、静雄。ごめんね、今日ちょっと遅くなりそうなの。お金はいつものところに置いてあるから、コンビニとかで買ってきてくれる?』
「うん、わかった」
『良い子ね』
 慈愛に満ちた声が静雄の耳を撫でる。
『おつりは好きにしていいから。あまり遅くならないうちに買いに行くのよ』
「うん」
『幽に換わってくれる?』
「うん。幽!」
 静雄に呼ばれ、ソファでテレビを見ていた幽はトコトコと近寄る。
 受話器を受け取り、耳にあてる。
『幽?』
「うん」
『今日、ちょっと遅くなるから。お兄ちゃんのいうことをよく聞くのよ』
「うん」
『お兄ちゃんにも言ったけど、夕飯はコンビニで買ってね。無理して私を待たないで先に寝てていいからね』
 以前幽は帰りの遅かった響子を待って夜中の二時まで起きていたことがある。次の日普通に学校へ行ってしまったが、授業のほとんどを寝てしまい、具合が悪いのではと誤解されて早退させられ、さらに世話焼きの担任に連絡を受けた響子が慌てて帰ってきたことは新しい記憶だ。
『それじゃあ、お兄ちゃんと仲良くね。静雄に換わって?』
「うん。兄さん……」
 再び静雄の手に受話器が戻される。
『静雄、幽のこと頼むわね。それと、幽の寝付けが悪かったら一緒に寝てあげてね』
「わかった」
 兄弟喧嘩の時以外の静雄は本当にいい兄だ。だから響子も安心して静雄にまかせられる。
『それじゃあね。出来るだけ早く帰るようにするから』
「うん。バイバイ」
 電話が切れた後、静雄はいつもの、食器棚の引き出し入っていたお金の入った封筒を取り出す。
 急な仕事で遅くなる場合や何かあった時のために、響子はいつもそこに三千円分入れておく。そこから二千円だけ取り出す。
 後ろを付いて回る弟に振り返る。
「幽、一緒に行くか?」
「うん」
 即答した幽の手を引っ張って、部屋に向かう。
 静雄はクローゼットから自分と幽の上着を引っ張り出した。
 秋を迎え始めた最近は夜になる冷え込むため、外に出かける際はちゃんと上着を着ていくようにとは響子の言い付けだ。
 片手に財布を握りしめ、玄関の鍵を閉めると幽と手を繋いで、二人はコンビニに向かう。
「幽はなに食いたい?」
「……ハンバーグ」
 手を繋いで仲良く歩く兄弟の姿は可愛らしくて微笑ましい。


◆ ◇ ◆


 アルバイトの女性がカウンターから「いらっしゃいませー」と笑顔で出迎える。たまたま目が合って軽く会釈する。可愛いと騒ぐ店員を無視して弁当コーナーに向かった。
 多くの弁当からどれにしようかと悩んでいると、一人の主婦が二人に近づいた。
「あらやっぱり、平和島さんの所の息子さん達じゃない」
 覚えのない顔に静雄は首を傾げたが、幽は彼女が近所の主婦だということを知っていた。
「どうしたのこんな所で? お弁当買いにきたのは? お母さんは?」
 突然の質問攻めに静雄は戸惑うよりも苛立ちを感じた。女の目が何故だか責めているようなものに見えたのだ。
「母さんは、今日は仕事で帰りが遅いんです」
 幽がそう答えると、女は信じられないものでも見るように表情を変えた。
「それで夕飯を弁当に? 夜に幼い子供達だけで出歩かせるなんて。最近は世間も危ないというのに」
 あからさまに母を責めるような言葉に、静雄は女を殴りたくなったが母のことを思ってなんとかそれを抑える。幽は相変わらず無表情で、一見何を考えているかわからない。
「遅くなるにしたって、普通は夕飯を作り置きしておくものなのに」
「それは! 急に遅くなるって決まったから、しかたないんだ!」
 反論すると女は可哀想なものでも見るみたいに静雄を見る。
「家でもあなた達二人だけなんでしょ? せめて親戚に預けるとか、知人に預けるとか。色々と手はあるでしょう」
 静雄達の話をまったく聞いていない。この女はただ、彼らの母を侮辱したいだけなのだ。
 近くに親戚はいないし、働いているせいで近所付き合いも薄いから緊急に預けられる相手はいない。
 なぜ母がこんなに悪く言われるのか、静雄にはわからないが、母はなにも悪くない。この女が勝手に言ってるだけだ。
 最初に目をつけたハンバーグ弁当を二つ掴んで静雄は幽を引っ張った。
「行くぞ、幽」
 これ以上ここにいたら殴ってしまいそうだ。
 温めてもらうのを断って、さっさと支払いを済ませる。うしろから女が追いかけてくる。
「待って、送ってってあげるから」
「いらねえ!!」
 つい自動ドアを殴ってしまった。静雄達がコンビニを出た後、自動ドアの片方が故障して閉まらなくなってしまい、冷たい風が店内に遠慮なく舞い込む。
 駆け足で、静雄に引っ張られながらも走る幽は兄の背中を見つめていた。
 家に着く頃には、二人の息は絶え絶えで靴を履いたまま玄関に寝転ぶ。
「はあ、はあ、……母さんは、わるく、ねえ……」
「…………うん」
 息が落ち着くまでそうしてしばらく寝転んでいた。
 静雄が起き上がり、玄関の鍵を閉めると靴を脱ぐ。
 台所に向かいレンジで弁当を投げ込むと、スイッチ押す。レンジがオレンジ色に光り、中の弁当が台の上でゆっくりと回り始めた。それをしばらく見ていると静雄の気が段々と落ち着いてきた。くいっと静雄の袖が引っ張られた。
「兄さん。プリン買い忘れてる」
「あー、……そうだな」
 幽に言われて気づく。しかし、もう一度コンビニに行くのも面倒で、大人しくあきらめた。
 温まったハンバーグをリビングのテーブルで並んで食べる。珍しく静雄が無言で、静寂がいやで点けたテレビの音がリビングに空しく響く。


◆ ◇ ◆


 急な仕事のせいで、結局家に帰れてたのは夜中になった。
 愛しい息子達はもうすでに夢の中だろう。
 リビングに入ってスイッチを押した。台所の脇のゴミ箱に口を結んだコンビニ袋が捨てられているのを見つける。
「あーあ。今日は久しぶりにシチューにする予定だったのに」
 前日に材料を買いそろえてもいたのに。予定通りにいかなかったことがモヤモヤする。
「明日も寒かったらいいけど」
 買ってきた物を入れるために冷蔵庫を開ける。ふいにスーツスカートの裾を引っ張られる感覚。振り返ると、目を擦って少し寝惚けた様子の幽が裾を掴んで立っていた。
「起こしちゃった?」
 息子達の部屋は二階にあるから可能性は薄いと思いつつも、聞くと幽は横に首を振った。幽がリビングのテレビの前のソファを指差す。
 何?とソファを覗き込むと、毛布に包まって静雄が寝ていた。もう一枚空になった毛布がある。
「ここで寝てたの?」
 静雄を起こさないように小さい声で話す。
「うん。兄さんが母さんが帰ってくるまで待つって言って」
「先に寝ててって言ったのに」
「言われたのはおれで、兄さんじゃないからって」
 仕方ない子ねと響子は苦笑する。
 冷え込んだリビングで寝かせるわけにもいかない。起こさないように気をつけながら静雄をそっと抱き上げる。ずっしりと感じるぐらい大きなった我が子に愛おしいさを感じた。
「……母さんは、俺たちが守るからね」
 静雄を運んで階段を上がる途中で幽が急にそんなことを言い始めた。
 急にどうしたの?と響子が聞くと正直者の幽は今日あったことを話した。話しているうちに、そのとき感じた腹立たしさまで甦ってくる。表面上は変わらない がその内から込み上げてくるものを感じ取った響子はただ「そう」とだけ呟いた。ただその目に僅かな悲しみが映ったが、幽は気づかなかった。
 そうだ!とワザと明るく振る舞っているようにも感じるような声で響子は言った。
「お土産にプリン買ってきたから、明日のおやつに食べてね。社長から貰ってきたから高級品よ!」
「……プリン、買い忘れたから兄さんもきっとよろこぶ」
「そうね。静雄はホントにプリンが好きだから」
 明日の朝、冷蔵庫を見て喜ぶ静雄の顔が目に浮かぶ。




2011.10.04 明晰
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