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夢想庫

気まぐれ書き綴る夢小説もどきの置き場

   

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第五夜 清十字怪奇探偵団ミステリツアー ~捩眼山編~ <参>



昼食を電車内でとって、電車を乗り換え、バスを乗り継いで、そうして朝から長い道のりをかけて捩眼山麓に到着したのは太陽が頂点を過ぎた頃だ。
 田んぼの広がる呑気な田舎の風景と相反するように威厳を纏い佇む姿は恐ろしささえ感じる。
 頂上に続く山道は整備されていたが、随分と時間が立っているせいで階段のあちこちがひび割れて、廃れていた。
 こんな何もない田舎では登山目的の余所者ぐらいしか訪れないのだろう。清継の家はこの山の中に別荘建てたそうだが、なんという物好きか。
 妖怪博士との待ち合わせ場所は『梅若丸の祠』らしいのだが、それがどこにあるのか知らないらしい。どうやら宿題として「自力で探せ」と出されたらしいが、地図を広げて怪しく笑う背中を瑞樹は呆れた視線を向けた。
 メモの端に「“運”と“感覚”をみがいていればおのずと見つかる」と走り書きされている。新幹線で散々それが無いことを証明したばかりだというのに。瑞樹はため息をついた。
「清継くん~、別荘は~? 温泉は~?」
「そんなの夜だ! さぁ行くよ!!」
「うはぁ、温泉楽しみー」
 などと登る前は呑気に笑っていた巻と鳥居だが……。


 ――1時間後。
「なんだよ、ず~~っと山じゃんか!」
「当たり前だ! 修行だぞ!!」
「足いたーい」
 やはり一番最初に音を上げたのは巻と鳥居の二人だった。
 都会育ちの若者にとっては1時間も歩けば大きく負担も感じるだろう。
 張り切って先頭を歩く清継や、サッカー部のエースだという島でさえ少し辛そうだ。カナやゆらも二人と違い音を上げてはいないが息が少し乱れている。
 リクオやつらら、それに瑞樹の三人は一番後ろで歩いているが、疲れた様子も、汗を掻いた様子もない。
 階段はまだまだ先が長く、巻達の様子を見てそろそろ休憩を挟もうかと瑞樹が考えていた時、ゆらが立ち止まり雑木林の奥に視線を向けていた。
「なんやろ、あれ……」
「え?」
 一瞬、霧が濃くなったように見えた。
 表面上はいつもの無表情ながら瑞樹は周りを警戒した。ずっと、山に入ってしばらくしてから誰かに見られてる気配がするのだ。
 ゆらは林の奥に目を細めた。
「小さなほこらに、お地蔵様が奉ってある」
「どこ?」
「霧が深くて、よくわからんなぁ」
 全員が雑木林の方に目を向けるが、清継達はゆらほどよく見えていないようだ。
「何か書いてある」
「う~ん、読めないぞ?」
 清継が目を凝らすがやはり距離や霧のせいで見えない。
「ちょっと見てきます」
 ゆらがそう言って道を外れて足を踏み出したと同時にリクオが声を上げた。
「『梅若丸』って書いてあるよ!!」
 祠に近付いて確認すると確かに、石に大きく掘られた「梅若丸」の文字。カナがリクオに向けた訝しがる視線に気づいたのは瑞樹だけであった。
 清継が駆け寄るとそれに続くように全員、登山コースを外れて雑木林に入り込む。
 霧を吸って、肌や髪が僅かに湿り気をまとう。
 背後に人の気配を感じ取り、瑞樹が振り返ると身なりの悪い少し猫背気味の気味の悪い男がいた。
「意外と早かったな。さすが清十字怪奇探偵団!」
 リクオ達が弾かれたように振り返った。もう何日も風呂に入っていないような鼻につく男の臭いに島や鳥居、巻が不快を露にする。
「なんだこのキタナイの」
 と島が言う。
 清継は目を輝かせ詰め寄る。
「あなたは! 作家にして妖怪研究家の、化原先生!」
「うん」
「えぇ!?」
「お会いできて光栄です!」
「うんうん」
 ガッシリと握手し合う清継達を見て島達は顔を顰めた。
 本の作者紹介の写真と同じ顔だ。当然か。瑞樹は化原の顔ではなく頭上に視線を置いた。
 清継の興奮がある程度落ち着いたところで、ゆらは口を開いた。
「これは……梅若丸って、何ですか?」
「いやぁ嬉しいね。こんな若い年で、妖怪が好きな女の子がたくさんいるなんて」
 化原先生が一歩近付くとゆらはうっと息を詰まらせ後ずさる。
 全員が適当にその辺の岩に腰掛けると化原はゆっくりと語り始めた。
「うむ。そいつはこの山の妖怪伝説の主人公だよ」
 木々のざわめきをBGMにして語り声に耳を傾ける。
「梅若丸。千年程前にこの山に迷い込んだやんごとなき家の少年の名。生き別れた母を探しに東へと旅する途中、この山に住まう妖怪におそわれた」
「ほう、妖怪に」
 聞き覚えのある話だった。瑞樹はペットボトルを傾け、のどを潤した。
「この地にあった一本杉の前で命を落とす。だが、母を救えぬ無念の心が、この山の霊障にあてられたか、哀しい存在へと姿を変えた。梅若丸は“鬼”となり、この山に迷い込む者どもをおそうようになった」
 強い思いを抱いて死んだ人間が妖怪になるという話はよくある。
 この祠はその梅若丸の暴走を食い止めるために地元民が作った供養費の一つ。
 あんなに話を聞きたがってわりには清継の反応は微妙なもの。他の人の反応もいまいちだが、化原はとくに気にしていないようだ。
 瑞樹はちらっとリクオを見る。
「あれ? 信じてない? んじゃーもう少し見て廻ろうか」
 そんなことを言い始めた化原を先頭に清十字団は山を登る。
 途中『入ルベカラズ』の張り紙が気になったが、先頭はちっとも足を緩める気はないのでかまわず進む。
「うふふ、リクオ様~。行く前は心配でしたけど旅行って楽しいですね~。梅若丸なんて妖怪、知ってます~?」
 つららも、さっきの話は地方によくある作り話だと思っているようだ。しかしリクオの反応は彼女の予想していたものとは違った。
「つらら。ここ、少し危ないかもしれない」
「え?」
 一番後ろで瑞樹は彼らの様子を窺っていた。
 この山全体に広がる、支配するような気配。それにおそらくリクオも気づき始めたのだろ。
 頂上に近付くたび霧が一段と濃くなる。視界が悪くなり、瑞樹は足元に気をつけるよう注意を喚起する。
 ただの雑木林だったのが、気づけば人が三人いなければ囲めない程太い幹ばかり。その中に混じるように植物ではない、黒く緩くカーブした三角のような、しめ縄をして地面に突き刺さった何かがあった。
 これはなんだ?と首を傾げると、化原はなんとでもないというように「ああ、爪だよ」と平淡な口で答えた。
「爪?!」
 それは爪というにはあまりにでか過ぎる。リクオ達の身丈以上の長さで太さもその辺の幹より一回り細いぐらい。
 よく見れば爪はその一つだけではない。上を見れば木に沢山突き刺さっていた。また、来るまで体当たりしても倒れそうにない木々のところどころが抉れている。
「ここは妖怪の住まう山だ。もげた爪ぐらいで驚いちゃ―困る」
「うそっ」
「マジで!?」
「いるのぉ!?」
「この山に住む妖怪って……」
 林の奥に佇む像を瑞樹は見据える。
 山に迷い込んだ、旅人を襲う妖怪。
「名を、“牛鬼”という」
 その名を聞いて、リクオとつららが顔色を変えた。
 日が暮れてしまった。これではもう、山を下りてもバスはないだろう。
 怯える者達を見て瑞樹はひっそりとため息をつく。
 牛鬼。それは捩眼山の主の名であり、また、奴良組幹部『牛鬼組』組長の名でもある。


◆ ◇ ◆


 焦った表情で携帯を弄る少女に声をかける。
「そんなに焦っても状況は変わらないぞ。及川」
 他の人間の注意は逸れているが瑞樹はあえて少女の名字で呼ぶ。 
 こんな山奥では携帯の電波も届かないらしい。「圏外」を表示する携帯を閉じてつららは振り返る。
「そうですけど。っというか、知っていたならなんで教えてくれなかったんですか!」
 恨みがましく聞こえる言葉に瑞樹は無表情で肩をすくめる。
 瑞樹は最初っから知っていた。捩眼山が誰の支配下にあるか。
 逆に問いたい、なぜ奴良組でありながら幹部の所有地を知らないのかと。カナの視線がうるさいし、騒がしいのは好かないから言わないが。
 どうやらつららの不安は、武闘派集団である牛鬼組に“間違いで襲われる”可能性。今のリクオは人の姿。下っ端共に“獲物”と間違われる恐れがある。こうなると青田坊を置いてきたのは失敗だったかと、つららは悔やんだ。
 その青田坊が今こちらに向かっていることを彼女達は知らない。
「こうなってしまってはしかたがない。それよりも及川…」
「わかってます。若は、今は何も知らない昼の姿。私が絶対に守ります」
 決意を秘めた瞳。今は人の姿であるのは彼女も同じ。けれど一瞬本来の彼女の姿が見えたような気がした。
 純粋ゆえの一途な忠誠心にはいつも感心させられる。
(それにしても……)
 相手に気づかれぬようつららの後ろからつららを凝視しているカナを窺う。
 彼女は確か妖怪が嫌い、というより苦手という方が妥当か。山には妖怪がいるというのに他の鳥居と巻に比べて随分と落ち着いているように見える。あるいは今は妖怪以上につららとリクオの関係に強い関心があるからか。
(これは少し厄介だな)
 カナの目があるとリクオやつららも動きづらいだろう。
 この山に入った瞬間から、もう“始まって”しまっているのだけれど。
 瑞樹は清継達の頭上に目を向ける。
「いーやだぁー! 帰ろーよぉ、こんな山ー!!」
 また騒ぎ始めたのは例の女子二名。
「見てよぉ、こーんなでかい爪、死ぬって!」
「ホントに食われちゃうよ、妖怪に」
「そーだよ。鳥居さんと巻さんの言う通り、今すぐ皆帰った方が良いよ!」
 心強い賛同をえて鳥居と巻はリクオを引っ張って山を下りようとする。そこですかさず声を上げたのは清継。
「待ちたまえ! 暗くなった山を下りる方が危険だ! それに下りてもバスはもうないよ」
 そんなのは初耳だ!とばかりに三人は目を見開く。
「ふふ! 何をビビっているんだ君たち! 僕の別荘があるじゃーないか! この山の妖怪研究の最前線! セキュリティも当然抜群だ!!」
 妖怪にセキュリティ、怪しいものだ。
 ここには時々使用人が掃除のために出入りしているが、いままで妖怪に襲われた者はいないという。それは“妖怪は存在しない”という証言じゃないだろうかと、瑞樹は少し思ったが胸に仕舞っておく。
「ハッハッハッ。まぁ、いうても牛鬼なんて伝説じゃから。あの爪も誰かの作り物かもしれんしのぅ」
 あれだけ語っておいて、急に手の平を返したかのように意見を変えた。怖がる子供達を慰めるためのものというより、この山を下りさせないための言葉に思えるのは、瑞樹は“気づいている”からだ。
 思わぬ反撃に、リクオが言葉を詰まらせる。
 温泉、という言葉に少女達の心も僅かに揺らぎを見せる。
 そして清継は決定的な一言を言う。
「襲われたとしてもこっちには、少女陰陽師、花開院ゆらくんがいるわけだ! ねえ! ゆらくん大丈夫だよね!」
 担ぎ上げられたゆらはカエルのがま口財布の中身を、レシートと式神を一緒にしないように整頓する。期限切れしそうな割引券を見つけて呻いた。
 逃げ道は完全に閉ざされてしまった。
 リクオはまだ納得いかない顔をしているが、どうしてもこの流れは変えられないと悟ったのだろう。
「あ、先生も一緒に」
「いや。ワシはもう山を下りるよ」
「そ、そうですか? 話をもっと聞きたかったのに」
 少し残念そうに清継が言うと化原は、
「いやいや。ワシの“役目”はもう終わりだよ。そぉだ、夜は危ないから絶対にでない方がいい」
 それだけ言って下りていく男の背中を瑞樹は目を細めて見ていた。
 風に紛れたものを追って視線をゆっくり動かす。
 空を見上げて、今日は新月であることを思い出す。
 今宵は月明かりさえない闇が騒ぎだす日。
(……いいだろう。この“茶番”、今は黙って付き合ってやろう)
「瑞樹さん?」
 リクオに呼ばれて振り返る。頭上で気配が動くが今度は追わなかった。
「今行く」
 歩き出すと清継の明るい声が聞こえる。
「化原先生が帰ってしまったのは残念だが、瑞樹さんがいるのなら問題ないだろ!」
「……聞けばなんでも教えてもらえると思うなよ」
「わかってます! 『知りたければ自分で調べろ』でしょ! わかってますとも!!」
 にやりと笑った清継には嫌な予感しかしない。




2011.12.21 明晰
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