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夢想庫

気まぐれ書き綴る夢小説もどきの置き場

   

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第四夜 猫と鼠 <弐>



夕飯の合図にぞろぞろと妖怪達が飯にあり付け始めた。瑞樹はその中にあの子がいないのに気づいてその姿を探した。
 さっきまでそこで寛いでいたはずなのだが、近くの妖怪に訪ねるがどこにいるか誰も知らないようだ。自室にもいない。屋敷中を気配を探りながら探し歩くがまったく見つからない。どうやら屋敷の中にはいないようだ。
「こんな時間に一体どこに……」
 縁側から空を見上げると頂点で月が大口開けて笑っていた。


◆ ◇ ◆


 目を盗んで組に忍び込んだ旧鼠組の下っ端の使いだという小さな鼠の報告にリクオは驚いた。カナとゆらが一番街でホストに拉致されたと言うのだ。リクオはすぐに組の者を引き連れて助けに行こうとしたが、
「ダメですリクオ様。ゆら様は陰陽師。みなが進んで助けるはずがございません。大丈夫、私の組の者がいますからどうぞお一人で」
 と鼠が言うのでリクオは確かにと頷いて鼠の案内で夜の街を駆け出した。
 夕方に帰って行くのを見送ったのがリクオが二人を見た最後だった。おそらくその帰りに何かあったのだろう。
 人通りの多い繁華街を鼠の後を追って走る。小回りの効く鼠は人足を素早く抜けて行ってしまうので、リクオは追いかけるのが大変だ。ふいに鼠が立ち止まり、とある店を指した。
「ここの店です!!」
 目に痛いくらいの光で輝く看板。中学生のリクオには一切関わりのない場所、所謂大人の店。そもそもホスト自体、カナとゆらにどう関わるのかがわからず、今も彼女達がどういう状況にあるかまったく不明。
 戸惑いの表情で看板を見上げた瞬間、首筋に痛みを感じ気が遠のいた。


「――……ここは?」 
 気づくと豪華な部屋の床の上に倒れており、ホスト達がリクオを囲むように立っていた。正面に一人だけ、白スーツのホストがソファにどっしり構えている。
「よぉ、お目覚めかい? 自称三代目さんよぉ」
「誰だ……、君は?」
 そう問うたあと、白スーツのホストが自分のことを『三代目』と呼んだことに気づく。
「まさか君、妖怪? 奴良組の人なの?」
 すると脇に控えていた男がいきなりリクオを蹴り飛ばした。近くのテーブルで頭を打ったリクオは頬をおさえ、痛いと呟きながら唖然と男を見上げた。
「いま旧鼠様を“下”に見やがったな! 誰がてめえの“下”に付くかバーカ! 旧鼠様はこの街の夜の帝王なんだよ!!」
「帝、王?」
 唖然と呟くリクオに気を良くして白スーツの男は口端をつり上げた。
「おいガキ、よく聞け。今、妖怪の世界はなぁ、古い時代と変わり多種多様な“悪の組織”になってんだ。オレたちはもっともっと“悪行”をでかく展開する。そのためにゃぁ、おめーみたいなヌルい奴に継いで欲しくないんだよ」
 旧鼠が目配せすると後ろに控えていた手下達が二人の少女を入れた、ケージのような檻を引っ張って来た。
「カナちゃん!? 花開院さん!?」
「組のためだぜ。てめえの率いる古い妖怪じゃこの現代は生き残れねえ。オレたちが奴良組を率いてやる。おめーは手を引け。三代目を継がないと宣言しろ! いいな!!」
「三代目!? そんなのどーでもいいよ! 今すぐ二人を放してあげてよ!!」
 自分が対等であると思い“命令”する子供に旧鼠は切れ、リクオの頭を踏みつけた。
「てめーなんぞが妖怪のトップに立つと思うだけで死ねるわ。軽々しく言ってんじゃねーぞなりそこないが!!」
 一度切れた旧鼠は周りの手下達が戸惑うほど、気が済むまでリクオを蹴り続けた。
 これでは人質をとってまでリクオを連れて来た意味がない。
「どんだけ重い代紋かわかってんのかオラァ!」
「きゅ、旧鼠様、それ以上やったら」
 止めようとした手下も殴り倒す。リクオは信じられないモノを見るように旧鼠を見上げた。自分の知っている妖怪(げぼく)達とあまりに違う。
 この手のタイプは下手に怒らせると厄介だ。リクオはなるべく、今すぐにでも少女達を救い出したい勢いを押しとどめて冷静に言った。
「本当だ、いらないよ」
 手下一匹を潰していくらか落ち着きを取り戻した旧鼠は白い目でリクオを見下ろした。
「本当だな。よしわかった。だったら、今夜中に全国の親分衆に“回状”を廻せ! もし破ったら……、この娘ぁ夜明けとともに殺す」
 リクオは腫れた頬の痛みに顔を歪めて、黙って頷いた。


◆ ◇ ◆


「どうしたんだその怪我」
 ようやく帰って来たと思ったらボロボロな姿で、頬には明らかに何者かに蹴られた痕があり、瑞樹は眉を吊り上げた。
「誰か! 紙を用意して!!」
「待てリクオ、さきに着替えと怪我の手当を……」
「そんなの平気だよ! そんなことより早くっ!?」
 リクオの頬を鷲掴み、無理矢理振り向かせる。リクオが顔を歪めた。どうやら口の中が切れているようだ。
 しっかり目を合わせて瑞樹は言い聞かせる。
「着替えと手当」
「あぅ……」
 渋々頷いたのを見て瑞樹はすぐに近くの妖怪に紙より先に救急箱と着替えの用意をするように言った。
 ほんとに口の中を切った程度らしく、絆創膏を必要する怪我がないのを確認すると赤くなった頬に氷をあてさせ、部屋着の着物に着替えさせる。
「もうリクオったら相変わらずやんちゃねえ」
 着替えて早々に机に向かって何かを書き始めたリクオの背に、脱いだ服の回収に来た若菜は呆れたように呟いた。消毒液を箱に仕舞いながら瑞樹は厳しい目をリクオに向けていた。
 書き終えるとリクオは廊下に出て鴉天狗を呼んだ。すぐさま聞きつけ飛んで来た鴉天狗は「これを廻して!」と言われ渡された書の内容を読み仰天する。
「な、何ですかぁコレェえええええええ!!?」
 鴉天狗の手からソレを取り上げ瑞樹は視線を滑らせた。抄訳すると「奴良リクオは三代目を継がないことを誓う」という正式な証明書。これを組織全体に廻せば、口だけの冗談ではすまなくなり、リクオは本当に奴良組三代目を継げなくなる。
 前々から継がない継がないとは言っていたが、これはおかしいと瑞樹は訝しげの目でリクオを見た。
「リクオがこれがどういうことか分っていてやっているのか?」
「もちろんだよ。鴉天狗、これをすぐに全国の親分衆に廻してくれ!!」
「いけません。それだけはムリです!」
 その命令は聞けないと鴉天狗は拒否する。
「お願いだ! 早くしないとカナちゃん達がっ!」
「なりません! 本当に分っているのですか! 正式な“回状”は“破門”と同じで絶対なのですよ!!?」
「だから分ってるって! 頼む、お願いだから聞いてくれ、鴉天狗」
 奴良組の若頭がお目付役に頭まで下げた。覗き見していた妖怪達はざわざわと騒ぐ。
 どんなに頼まれても鴉天狗は頷くわけにはいかない。なにより先日、夜のリクオが三代目を継ぐと宣言したばかりなのだ。昼と夜で振り回され、泣きたくなった鴉天狗はそのことを訴えた。しかしリクオはその日のこと、変化したことをまったく覚えていない。
 瑞樹はリクオの言った「カナちゃん達」と言う言葉に目を細めた。
「もっと詳しく事情を説明しな。決めるのはそれからだ」
「でもっ」
 リクオは焦っていた。こうしている間にも旧鼠達にカナとゆらが酷い目に遭わされていないか心配であった。こうなるといつもと変わらず冷静な瑞樹が恨めしく感じる。
 その時、誰かが呼んだのか、騒ぎを聞きつけたぬらりひょんが後ろに猫耳の少年を引き連れて来た。
「話は聞いたぞリクオ。こっちに来なさい」
 ぬらりひょんの部屋でリクオは事情を全て話した。
 カナとゆらが旧鼠に攫われ、彼女達を解放する条件に回状を廻せと言われたらしい。屋敷を出た年頃の人間をリクオの友人と知って襲ったのだろ。
(鼠の分際で……。くだらないことに知恵が働いたか)
 たかが鼠と侮り、後手に回った自身に苛立ち覚える。
 読み終えた回状をぬらりひょんは破り捨てる。
「何すんだじーちゃん!?」
「それはこっちのセリフじゃバカ孫! 昼間は陰陽師連れてくるし、ワシら妖怪を破滅させる気か!」
「しかたないだろ! 妖怪が“悪い”からいけないんじゃないか!!」
「なにぃー!!」
「あの、二人ともやめ……」
 始まった祖父孫喧嘩に鴉天狗が口を挟むが、二人とも興奮のあまり聞いていない。
 ――バンッ!!
 拳を叩き付けた畳に凹みが出来て、鴉天狗が小さく悲鳴を上げる。部屋にいた全員の注目を集めた瑞樹は二人を淡々と見つめた。
「アホな家族喧嘩をしている場合ではないことぐらいわかっているよな?」
 しかし言い足りないリクオは珍しく瑞樹に牙を見せたが、すぐに矛先はぬらりひょんに戻ってしまう。
「そんなことわかってる! だから早く行かないといけないのにっ、そもそもなんであんな奴らが組にいるんだよ! だからイヤなんだ妖怪任侠一家なんて! 本当に最低だ!!」
「それは違いますぜ若!」
 口を挟んだのぬらりひょんが連れて来た猫耳の少年、奴良組系「化猫組」当主、良太猫。
 驚くべきことに、彼らこそが本来総大将から一番街をあずかっている組だと言う。
「わしらは『化猫組』言いまして、ぬらりひょん様が浮世絵町に居を構える前からあの街で博徒として悪行を積んできた古い妖怪です」
 妖怪の総大将が率いる奴良組がこの地に来た際、「化猫組」は取り入れられるのは当然の流れだった。だがぬらりひょんは街の支配権を「化猫組」に与え、それから長い間、一番街は夜の住人どもの遊び場として営んできた。
「我々がやっていることは、リクオ様からしたらそりゃ悪く映ることもござんしょう。だが博徒には規範がある。わしらも奴良組の“畏”の代紋に傷がつかねぇよう、でんとかまえて場を治めてきたつもりです!」
 しかし良太猫達が大切に守ってきた一番街は突如湧いて出た鼠共に支配されてしまった。
「見た目華やかでキラビやかな世界は小娘を誘い込み、奴らは欲望のままに貪り喰ってるんだ! 若、あいつらに街を自由にさせていたらもっとひどいことになる! どうかあの街を救ってくだせえ!!」
 良太猫とその側近はリクオに頭を下げて頼み込んだ。彼らもまた奴良組に守られてきた弱き妖怪。奴良組には弱き妖怪を守る一面があることをリクオは最近知った。
 リクオは困惑して縋るような目を瑞樹に向けた。良太猫の話に黙って耳を傾けていた瑞樹は閉じていた目をゆっくりと開いた。
「……最近、一番街で起きていた行方不明事件はやっぱり旧鼠組の仕業だったわけか」
「既にご存じで!?」
 良太猫が驚いたように瑞樹を見る。
 奴良組関連の組織関係。浮世絵町で起こる謎の事件。妖怪知識。書物、実物から吸収し得た知識が瑞樹にはある。ゆらが言っていた通り、浮世絵町で起こる怪 異のほとんどには裏で妖怪が糸を引いている。今回の一番街での若い女の行方不明事件とネズミの大量発生が繋がっていることにももちろん気づいていた。そし てそれらの原因が旧鼠組であることも。
「リクオ、旧鼠組はすでに破門された組織だ。そしておそらく奴らは約束を守る気はない」
「え!? それじゃ、カナちゃんと花開院さんはっ? 回状を廻せば助かるって……」
「瑞樹様の言うとおりですリクオ様! 奴らは自分らの欲望でしか考えられねえ奴らだ! 殺されるぜどの道人間なんて。あんたぁ、いいように利用されてるだけだ!」
 二人の言葉にリクオの鼓動が早くなる。動揺、不安が胸を渦巻く。
 ぬらりひょんは煙管を吸ってふぅっと息を吐いた。
「……あいつらは知識のない奴らだった。治まりの効かねえただの暴徒。早々に破門したはずだが……。そうかい、今は一番街でねぇ……」
 灰皿に煙管を叩き付け、だらしなくも下僕の前で動揺を見せるリクオに喝を入れる。
「リクオ、言いなりになってんじゃねぇぞ! 情けねぇ。てめえのことだろうが、ケジメをつけたらんかい!!」
「そんなこと、僕に言われたって、僕に何が……」
 名を呼びかけ瑞樹はリクオの肩に手を伸ばした。しかしリクオは怯えたようにそれを避けた。瑞樹は宙を掻いた手を唖然と目を見開いたが一瞬でいつもの無表情に戻って、リクオを見た。
「僕は人間だ、僕には力なんてないんだ!!」
 そう、リクオは人間。しかし彼は四分の一は妖怪。それを認めない限りリクオは変われない。けれど血は疼くもの。
 庭に逃げたリクオを鴉天狗と瑞樹が追う。
「若! 三代目を捨てることは僕を見捨てるってことですぞ!」
「う、うるさい!」
 鴉天狗の言葉からリクオは逃げた。
 体が熱い。血が、内側から何かが沸騰する。
(知らない)
 認められない、己の中に疼く何かを。
「リクオ……?」
 またあの感覚。気配がざわつき、瑞樹の本能が何かを訴える。すでにこれは二度経験している。俯くリクオに手を伸ばした。


 リクオは否定する。
(僕に力なんてない)
 人間<ひる>の意思に抗い夜の闇が深まる。
 すでに季節を終えたはずの桜の花弁が視界をよぎり、リクオの心にもう一つの声が重なる。
(僕は人間なんだから)
(本当は知っているはずだぜ)
 次の瞬間には瑞樹の声も鴉天狗の声も消えて、代わりに花を咲かせた枝垂れ桜が現れる。
 唖然と見上げる枝垂れ桜に一人の少年が枝に腰を下ろしていた。少年はリクオに語りかける。
「自分の本当の力を」
「ぼ、僕の?」
 リクオはこれを以前夢に見た。夢に現れた枝垂れ桜の人。リクオがそう認識したと同時に少年が夜の訪れを告げた。
「もう時間だ」


 世界が変わる。人間から妖怪へ、今、瑞樹達の目の前で。
 枝垂れ桜はみずみずしい緑を揺らした。
 伸ばした手が触れたのは三度目の変化をしたリクオの肩。初々しい少年の気配を消し、色っぽい流し目に風に靡く銀色の髪、背丈が変わり人間の時よりも近付いた顔の距離。夜空に浮かぶ満月よりも輝くの金の瞳が瑞樹の姿を映す。
 リクオは肩の上の瑞樹の手を握った。鴉天狗に横目を向けて、リクオは命じる。
「鴉天狗、皆をここへ呼べ。夜明けまでの鼠狩りだ」
 昼とはまるで違う主張。けれど瑞樹はその目を見て、リクオの手に触れ、わかった。
(姿は変わっても、リクオであることには変わりない、か)
 リクオは瑞樹を振り返る。
「瑞樹さん」
「……思う存分、暴れてきな」
「ああ」
 笑みを浮かべたリクオに、瑞樹も微笑んだ。その頬笑みは瑞樹が大切とする若菜とリクオだけが見れる特別なもの。
 久しぶりの若の出入り招集に下僕の妖怪達はすぐに応えた。しかしその目的が陰陽師でもある友人達を助けることを知って妖怪達は渋るが、夜リクオの頼もしい態度に妖怪達はその背の後に続き、鼠狩りに出た。
「行くぜてめえら」
 瑞樹は若菜と共に門前で百鬼夜行を見送った。
 ふいに吹いた風が瑞樹の濡羽色の髪を揺らす。




2011.11.10 明晰
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