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夢想庫

気まぐれ書き綴る夢小説もどきの置き場

   

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第四夜 猫と鼠 <壱>



夜闇に輝く一番街。綺羅な賑わいから隔離された薄汚い路地裏に二人は足を踏み込んだ。
「どうやら遅かったようだな……」
 肉を裂かれ、喰われた無惨な姿となった男の死体が転がっていた。布切れとなった服を見るとどうやら警官のようだ。
「忌々しい鼠共めっ」
 見下ろした赤髪の男が今だ死体に群がる鼠を蹴散らす。
 この死体はおそらく目撃者。女は骨までしゃぶり尽くすくせに、固く味も不味い男は適当に摘んで打ち捨てたのだろ。近い内に異変に気づいた警察がここに来るだろう。
「うぜぇ。一掃しちまった方がいいんじゃねえか」
「否……。それはあの方の意に反する……」
 彼らの主が命じたわけではない。鼠動向を探っているのは彼らの勝手だが、主と呼ぶその人の為に彼らは動く。主はただ何もするなと言った。ならば彼らはどんなに人間が喰われようと、傍観するのみ。
「行くぞ火斑<ほむら>……」
「俺に指図すんな風真<ふうま>」


◆ ◇ ◆


 リクオの家から帰る途中、前方に先に帰ったはずのゆらが人混みに慣れない様子で歩いているのを見つけたカナは、帰り道同じだったんだ、と思いながら声をかけた。
「ゆらちゃん!」
「あ、えっと、家長さん?」
「この時間は危ないよ、この辺」
 ホストクラブやキャバクラ等の店類が立ち並ぶ一番街は夜になると一見きらびやかな雰囲気であるが、中身は人が欲を晴らすためにあるような場所。中学生が普通に出歩くには危ない道だ。現にはゆらは先程からからかい半分で声をかけられていた。
 最近はとくにこういう場所で遊び歩く人が急に増えて警察の目も厳しくなっている。
 一人では危ない、とカナは横に並んだ。
「行こ! どこ住んでるの? あ、一人暮らしなんだよねー」
 カナの気遣いに気づいたゆらはぽつりと呟いた。
「私って、まだ修行が足りひんわ。本当にいると思ったのに、奴良君には失礼なことしてもーた」
 落ち込んだ彼女にどう言葉を掛けるべきか悩んだ。
 確かにリクオの困ったような様子を思い出すとカナも少しはしゃいでいた自分を反省した。
 ――リクオ君の家って初めてだったからって、少しはしゃぎ過ぎだったよね。
 清継が師匠と呼んだ女<ひと>、瑞樹の部屋に勝手に入って彼女も怒っていたようだし、と瑞樹のなんの感情も無い闇のような瞳を思い出してカナは震えた。
 興味がないから何も考えずにただそこにいた者に視線を向けていただけだというのに、瑞樹の不思議な雰囲気に威圧されてしまったらしい。そしてそれはゆらも同じ。
 あとから清継に聞けば、瑞樹の努める浮世絵中央図書館の書庫には、瑞樹が全国を回って集めたという、名前しか聞いたことのない物や、いくら金を積んでも 手に入らない珍しい書物などが仕舞われているらしく、瑞樹があの本を持っていても不思議でないという。見つからない妖怪にイラついて失礼なことを言ってし まったとゆらは落ち込んだ。
「あの人にも、いつか謝らんとな」
「わっ、女の子が落ち込んでいるよ~。ひーろった! 俺の店まで持って帰っちゃおーっと」
「え!?」
 二人の背後から金髪に白いスーツのホストが現れ、こういうのに慣れておらず驚いたゆらは咄嗟にカナの背に隠れた。
「それともどっか行く? いーねそれも! ボクと一緒に遊ぼうよ~」
 軽い口調とノリを冷めた目で見るカナ。こういう呼び込みはこの辺りではありきたりで、無視するのが一番。ゆらの手を引いて去ろうとした。しかし気づくと他のホストらしき男達が三人を囲むように集まって来る。
 カナが戸惑いを見せると、ゆらが険しい声で言った。
「下がって家長さん」
「ゆらちゃん?」
 隠れていた気配が急激に膨れ上がる。
「つれなくすんなよ子猫ちゃん」
 背筋が寒くなるよな猫撫で声。男達の異様な雰囲気にカナも気づき始めた。
「あんたら、三代目の知り合いなんだろ」
 顔を覆う手の下から現れたのは……
「夜は長いぜ。骨になるまでしゃぶらせてくれよぉ」
 人語を喋る“鼠”の顔にカナは悲鳴を上げた。


◆ ◇ ◆


 奴良組台所。女妖怪達は夕餉の準備に忙しく動いていた。組員全員分の食事となると量も多く、慣れたものとはいえ大変忙しいことに変わりはない。
 物を置こうとして落ちていた新聞を見つけた若菜は瑞樹を呼んだ。
「これ瑞樹ちゃんの?」
 手伝いで鍋をかき混ぜていた瑞樹は顔だけ振り返る。
「ああ、置き忘れてた。もう読み終わったから捨てても構わない」
 煮えてきたようなので、火力を少し弱める。
 何気なく見たら気になる記事を見つけた。
「あらあら、またネズミですって。最近多いわね」
 朝のニュースでもネズミの大量発生の話が出た。この妖怪屋敷にはネズミ一匹見られないがどうもご近所では続出しているらしい。浮世絵町の動物はその眷属の妖怪によって支配されている。組の者にネズミを支配する妖怪がいれば奴良組にイタズラに来るネズミはいないだろう。
 しかしその妖怪、旧鼠が率いる旧鼠組という昔奴良組に破門された妖怪達が存在していることを瑞樹は知っていた。
「そういえば行方不明者も多いわね」
 ネズミの大量発生のニュースよりも騒がれている事件。何でも、一番街で遊びほうけている女が何人か行方知れずとなっているらしい。もともと夜遊びが激し く、家に帰らないことも珍しくなかったから発見が遅れたようだ。そのこともあって最近は一番街の警備も厳しくなったが、行方不明者が見つかることはない。
 ネズミと行方不明者、この二つがただの無関係とは瑞樹は思えなかった。
 リクオは夜に繁華街に遊びに行くような子ではないので、事件に巻き込まれる可能性は少ないだろ。そのことが瑞樹の油断を誘った。この油断をつかれるとは、さすがの瑞樹も予想していなかった。


◆ ◇ ◆


 いつの間にか裏路地に追い込まれ、ゆらに庇われるという立場が逆転した状態でカナは涙目に今の状況を必至で理解しようとした。
 ノリの軽いホストがしつこく勧誘して来て、囲まれたと思ったら巨大な鼠に変わった彼ら。ただのネズミだったらまだマシだったろう。しかし彼らは人間のように二本の足で立ち、人語を喋る。これが、ゆらが昼間言っていた獣の妖怪。


 “妖怪・旧鼠”
 “ネズミが歳月を経て妖怪となったもの”
 “様々な説があるが、その中の一説には仔猫を喰らう妖怪と記されている”


 鼠共は品のない笑みを浮かべてまだ幼き少女達を暗闇へと追い込む。
「大人しくしてりゃあ、痛い目見なくてすむぜぇ」
 けれどゆらは不敵な笑みを浮かべた。
「鼠風情が、粋がるんちゃうわ」
 余裕さえ見せる。
「何?」
「後ろに下がって家長さん」
「え!?」
「……いけ、お前ら」
 白いスーツの鼠の命令に取り巻きの鼠達が一斉にカナ達に襲いかかる。
 同時にゆらは『禹歩』を踏む。
「天篷、天内、天衝、天輔、天任! 乾坤元亨利貞! 出番や、私の式紙! 貪狼!!」
 蛙の財布から取り出し、紙を放った。すると紙は光を帯びて狼へと姿を転じた。すぐにゆらはその背に飛び乗った。
 予想外の事態に鼠共は戸惑い、狼にいいように踏みつぶされる。
「貪狼、あいつら鼠や。食べてしもうて」
 主である少女の命に従い、貪狼は牙を剥く。
 式紙を操る少女。式紙に喰われる鼠。完全に立場が逆転している。
「こいつ、式紙を使ってやがる、術者、陰陽師だ! それも、生半可じゃねえぞ!!」
 周りの鼠を一通り喰らい甘えるようにすり寄って来る貪狼の頭を撫でる。
「良い子やね、貪狼」
「兄貴ぃ」
「聞いてねえぞ」
「旧鼠さん、この女一体……」
 怯えを見せる鼠達にゆらは冷めた視線を向ける。
「旧鼠か。仔猫を喰らう大鼠の妖怪……。人に化けてこんな路上に出て来るなんて」
 旧鼠達はただ三代目の弱みを握る為に、屋敷から出てきた三代目の同級生の人間の娘を捕まえに来ただけだった。しかしまさか三代目の友人が陰陽師だとは、誰も考えもしなかっただろう。
「こいつぁ、三代目も相当な好き者だな」
 旧鼠さんと呼ばれた鼠は本性を隠し、二枚目の男に化けると堂々と真っ正面からゆらに近寄る。
 彼の職業はホスト。甘い言葉で女を誑かすのが仕事。
「そんな物騒なモノはしまいなよ」
 甘いマスクに差し伸ばされた手、それらをゆらははね除けた。
「さわるな鼠!」
 強い上からの物言いで自分を拒否した少女に旧鼠は白い目を向ける。
 何を考えてか、取り出したハンカチでゆらに跳ね返された手を拭く。取り巻き達がざわっと騒ぐ。
 ゆらは疑問を持ちながらも相手の出方を窺った。旧鼠が指を鳴らす。するとカナが悲鳴を上げ、ゆらは慌てて振り返る。たくさんのネズミがカナの体を這い上っていた。
「やめっ、その娘に何すんや!」
 獣の妖怪は眷属の動物を操ることが出来る。
 ゆらは咄嗟に貪狼を向かわせようとした。その時、旧鼠から意識が逸れたその隙をついて旧鼠がゆらの首に爪をあてる。完全に不意をつかれた。
 ――しもた!
「やめとけ。ネズミはいくらでも増やせる。大人しく、式紙をしまえ」
 素直に聞けない要求にゆらは拳を握った。
「いや、ちょっと、ど、どこ入って」
 目の前では同級生の少女がネズミ共に襲われている。旧鼠が命じれば、もっと酷い目に遭わされるだろう。
「もちろん違う式紙もダメだ」
 カナを人質に取られてはゆらに打つ手はない。苦虫を噛み潰す思いでゆらは渋々貪狼を紙に戻した。
 力を失ったゆらを旧鼠は容赦なく殴りつけた。
「ゆらちゃん!!」
 意識を失ったゆらに悲鳴を上げる。
 旧鼠はゆらを見下ろしたまま手下共に命じる。
「お前ら、丁重に扱えよ。こいつらは大事なエサだからな」


◆ ◇ ◆


「おいおい。ヤベえんじゃねえか、これ」
 ビルの上から路地を見下ろしていた赤髪の男は、少女達を連れていく旧鼠達の姿を見て呟いた。
「どうするよ」
 同じように見下ろしている黒髪褐色肌の男に問いかける。しかしいつまで経っても彼の口から彼女達を助けようという言葉は出ない。
「報告を……」
「あ?」
「あの方に………」
 それだけ呟いて褐色肌の男は風とともに姿を消した。
「………って、俺を置いてくんじゃねえ!!」




2011.11.06 明晰
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