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夢想庫

気まぐれ書き綴る夢小説もどきの置き場

   

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第三夜 転校生と奴良組訪問記 <壱>



「にゃんだぁ~、りょうたぁねこぉのみせぇやすみじゃねぇかぁ~。へっかく、けてやったってにょによぉ~」
 酒に酔い呂律も儘<まま>ならぬ。足元も危うく一匹の獣の妖怪は暖簾<のれん>の出ていない行きつけの店を見てがっかりすると、そのままふらふらと立ち去った。
 すれ違い様その妖怪に視線を向けたが気づかなかった。視線を移し、商売で場借りさせてもらっていたその店をその者は隠すために顔を覆う布越しにじっと見上げていた。
 その者は白い着物と黒い羽織で身を包み、顔は「隠」と書かれた白い布が覆っていた。髪を後ろでゆるいで団子で纏めており、凛とした美しい背筋。後ろ姿を見ると美形かもしれないと期待できそうな男であった。
 背後に二つの気配が近付くと、その者は振り返った。向こうからは顔が見えなくてもこちらからは相手の顔がよく見えた。言葉もなく視線も交えず、その者がその場を離れると二メートルを超える巨大な二つの影がついて来る。
「――風真」
 呼びかけた声は男にしては高かった。
 振り返りもせず名を呼ばれ、影の片方がピクリと肩を揺らす。
「はい……。どうやら鼠が活発化しているようです……」
 語尾に間を置くクセのある声が、店が閉じられている原因を告げる。
 分りきっていた事実だが改めて聞くとあの店の危機を実感した。おそらく店の者達は今、一時的に身を隠しているのだろう。
「駆除しますか?」
 もう片方の影が言うと、その者は立ち止まり前を向いたまま頭<かぶり>を振った。
「いや、手は出さない」
「しかしこれじゃ商売になりませんぜ」
「仕事はどこででも出来る。場を借りていたのは、その方が便利だったからだ」
 そう言われてしまえば言うことはない。二つの影は沈黙した。
「……何かあったら報告しろ」
「御意……」
「承知」
 風が少し舞い上がると、背後にあった二つの影は完全に消えた。


◆ ◇ ◆


 じっくり観察するような視線を向けられリクオは硬直した。緊張した面で上下を往復する視線に耐える。瑞樹の右の眉毛が一瞬動いて鼻で息を吐くと、ようやくリクオは肩の力を抜く。
「これを飲んでいけ」
 そう言って手渡された錠剤に首を傾げる。
 本人は無自覚だが、頭痛や体がふらついたりと二日酔いの症状が出ている。酒を飲んだことすら覚えていないのだから気づかないのは無理ないが、やはりあの 時二杯以上も飲ませるんじゃなかった、と思って二日酔いに効く薬を渡した。本当は液体の方が良く聞くのだが、飲み慣れていない者に朝からあの苦味はキツい だろう、と錠剤にしたのだ。
 目を覚ましたリクオは、やはり昨夜の鴆屋敷の火事のことを覚えていなかった。まあ予想はしていたことだが、昨夜の鴉天狗の報せですっかり舞い上がって朝っぱらから酒飲んで騒いでいる居間の奴らが知ったら落ち込むだろう。
 リクオは時計を見て焦った。寝坊した為に朝食をとる暇もなく慌ただしく出かけようとしたところを瑞樹に呼び止められた。そろそろ行かないと本当に電車の時間に間に合わないと焦る。
「私も今出るから、ついでに駅まで送ってくよ」
 外の玄関の脇に置いてあるソレのカバーを外すと、黒いバイクが姿を見せる。
 もとは叔父の物で譲り受け、今ではマンション、図書館、奴良組の三つの長距離をほぼ毎日渡るための移動手段の一つ。これなら歩くよりも早く駅に行ける。
「助かるよ瑞樹さん!」
「なんなら学校まで送ってもいいんだけど」
「それはいい! 目立っちゃうし……」
 リクオにヘルメットを被せ、腰にしっかり掴まらせるとエンジンをかける。深い唸り声を上げてバイクは目を覚ました。
 改造趣味の叔父が少々手を加えたバイクは、古いタイプでありながら音をあまり立てず、静かに住宅街を駆け抜ける。細かい通り道を利用して瑞樹は最短距離のルートで駅に向かう。
 駅前でバイクから飛び降りた中学生の姿に通りすがりの人々は一瞬目を向けるが、すぐに駅の放送を聞いて駆け足で改札を通る。それに混じってリクオが改札を通り抜けるまで見送ってから瑞樹はバイクを発進させた。
 ――そういえば、雪女と青田坊を置いてきてしまったが……まあ、いいか。


◆ ◇ ◆


 下駄箱で会ったカナと喋っていたリクオに後ろから清継が飛びかかった。
「やあ君たち、ご無沙汰ぁ。この間の時以来だねぇ~」
 顔は青白く、金魚の糞の如くついて来た島も同じく顔色が悪い。
「君たち、見たよね! 見たよね!」
 青白い顔で目だけがギョロっと動き、リクオとカナは尋常ならぬ雰囲気に顔を引き攣らせる。
「な、何が?」
「だからあの時だよ! 確かにいたはずなんだ、旧校舎には……僕が求めていた『妖怪』が!! なのに気がついたら公園のベンチで寝ていたんだ! 奴良くん! な、見たよねっ! 妖怪ぃ!」
 清継はリクオの襟を掴んで激しく揺さぶった。
 旧校舎で気絶した清継達を公園のベンチまで運んだのはよかったが、さすがに記憶まで消すことは出来ず、見たことを夢と思い込んでくれることを祈ったが叶わなかったようだ。
 ようやく探し求めた物を見つけたと思ったら記憶が曖昧で、歯痒い思いがあるのだろう。リクオが息絶え絶えに「し、知らないよー!」と言って、手を離してもまだ納得いかない様子。
「おかしいなぁ。確かに妖怪だと思ったのに……」
「不良と見間違えたんじゃないかしら? たむろってた不良がおどかしてきたんじゃない?」
 リクオがどうやって誤魔化そうかと考えていると、何気なくひょっこりと人間に化けた雪女と倉田が現れた。
「おお君はたしか」
 あの日参加したメンバーの顔を全て覚えている清継は、リクオが目を見開いている間に雪女の言葉に巧みに誘導される。
「あれ? もしかして気絶しちゃったの? 情けないわぁ」
「してないさ! 気絶なんて! あー、覚えてる覚えてる!不良ね不良……」
 鋭い女子の言葉が男としてのプライドにヒビを入れたらしく、清継は無理矢理自分を納得させた。
「そうよ。そう簡単に学校に“妖怪なんて”出ないわよ」
 白々しく応える雪女をリクオはじとっと見た。声をかけると振り返ってリクオを叱る。
「若! 一人で勝手に登校しちゃ困ります!」
 出かける若を慌てて追いかけたらすでに瑞樹のバイクで走り去った後で、追いつくのに苦労した。
 朝急いで忘れていった若菜お手製弁当をリクオに渡す。長い時間雪女が持っていたせいですっかり包み越しに分るほどひんやりとしていたが、そんな細かいことはどうでもよくて、リクオは雪女の腕を掴むと階段脇の物陰に引き込んだ。
「若?」
「な、なんで、学校来てんだよ?」
「だってほら、若に何かあったら……」
「僕は学校では平和に過ごしたいんだ! バレたら大変なの!!」
「でも命令ですから……」
「せめて『若』はやめてくれ……」
「では! 私のことも『及川さん』か『つららちゃん』と」
「え!?」
 何を話しているかは聞こえないが、長くなりそうな様子なのでカナは先に教室に向かう。
「あの娘<こ>、この前一緒に行った子だよね? リクオ君と知り合いだったのかな?」
 この前の時は初対面ぽい感じだと思ったんだが、しかし弁当を届ける仲とはどういうことか。よくよく考えると、幼稚園からの付き合いだというのに、カナはリクオについて知らないことが多い。
 感慨にひたっていると、一人の少女がカナに声をかけた。
「あの、ごめんなさい」
 見慣れない少女だった。
「職員室はどこですか?」
「二階だよ、この棟の」
「おおきに」
 方言を使う少女。転校生かな、とカナは首を傾げた。
 予想が大当たりしたことはすぐにわかった。
 リクオとカナの教室の隣、清継のいる教室の朝のHRでその少女は黒板の前に立った。
「京都から来ました。花開院ゆらといいます。どうぞよしなに……」
 HRが終わると京都からきた転校生にクラスの女子達は物珍し気にすぐに群がり、ありがちの質問攻め。
「花開院さんどこから引っ越して来たのー?」
「てか、花開院さんって呼びにく! もう『ゆら』でいいじゃん!」
「部活とかどーしてた?」
 一つずつ質問に返そうとするゆら。教室には転校生を囲む集団とは別にもう一つ小さな固まりが出来ていた。
「ねえ、清継君! 前の話聞かせて!」
「旧校舎、本当に行ったんでしょう?」
「出たの? 妖怪」
 二人の女子の問いに清継は言葉を吃らせる。
 あれだけの大口を叩いたあとで、ただ「いなかった」と答えるのはもの凄く気まずい。案の定、清継が「い、いなかったんだ。あそこには……」と言えば二人の少女は明らかにがっかりと、期待はずれの眼差しを向ける。しかしこれで諦める様では清継ではない。
「待ってくれ! 今度こそは! 今度こそは辿り着く!!」
 その声は偶々教室の外を通りかかったリクオとカナにも聞こえた。
「またやってるよ清継君」
 開け放たれた入り口からカナは呆れたように教室を覗き込む。
 旧校舎の事に懲りて諦めてくれれば良かったのに、とリクオは思う。
「町内の怪奇蒐集マニアの友人から買いつけた『呪いの人形と日記』がある! アレを使って必ずや自論を証明してみせる!!」
 と宣言するが周りのブーイングは止まない。
 が、そこで。聞き耳を立てていた転校生、ゆらが目を輝かせて会話に入り込む。
「その話、本当? 私も見たいんやけど」
 ゆらを囲んでいたクラスメイト達は「え!?」と驚愕の目を向ける。
「ゆ、ゆらちゃん?」
「あの娘、そっち系?」
 クラスメイト達の足が自然と遠ざかる。しかし清継はまさかの申し出を喜んだ。
「いやー、嬉しいよ! わかってくれる人がいてくれて!」
「めずらしいの?」
「そんなことはない! 有志は他にもいるよ! ここにいる鳥居さん巻さんもそうだ!!」
 と清継はさっきまで一緒に話していた女子二名を指す。まさか自分達が含まれているとは思わなかった二人は咄嗟にお腹と頭に手を当てた。
「私、急にお腹が……」
「わ、私は頭痛が……」
 あきらかに仮病だが、清継の視線は教室の外で立ち止まっていたリクオとカナに向けられる。
「おや! 奴良君と家長君! ちょうどいいところに!」
「げっ」
「しまった!」
「よぉおし! のってきたぞぉ!!」
 立ち止まっていたことを後悔している間にも話は勝手に進む。
「清十字怪奇探偵団! 今日は僕の家に集合だからなー!!」
 その団体には、言われなくてもリクオとカナも含まれているのだろう。まったく入った覚えはないが。


◆ ◇ ◆


 昼前の時間は図書館の利用者も少なく、瑞樹が受付でパソコンのキーボードを打っていると、隣の司書のおばさんがヒマなのか話しかけてきた。浮世絵中央図 書館もインターネットを導入してから長いが、司書のほとんどが機械に慣れない年寄りがほとんどで、小難しい仕事は瑞樹に回されることが多い。
「この間近所にネズミが大量発生したのよー。もー、ゴミは荒らすわ、糞はまき散らすわで大変でねえ」
「ネズミ、ですか……」
 確かに最近街中に急激にネズミが増えているという話はよく聞く。今朝の朝刊でも小さく記事に載っていたぐらいだ。
 五人の男兄弟をその手で育て上げたというベテラン主婦のおばさんは無表情の一見、基本誰に対しても無愛想な瑞樹に対してもずかずかと世間話を持ち込む。
「しかも家の中にも一匹入って来てね。まあ、うちの息子が丁度帰ってきて追い返してくれたんだけど。聞けば、ウチだけじゃないらしくてね。もう、本当に大変で……」
「ご苦労様です。楠木さん、お客さんが」
「あら! はいはいこちらにどうぞ!」
 話が長くなりそうな様子だったので、やってきた客を押しつけ話を終わらせる。それに続いて二人目が来たので瑞樹はキーボードの手を止めた。
 本を受け取りバーコードを読み取らせながら、瑞樹はさきほどの楠木の話について考える。
 ネズミはすぐに繁殖するから急な増殖は地方ではよくある話だ。しかしこの都会で地上に出てくるほどの繁殖数は珍しい。
 ――厄介なことになりそうだ。
 やれやれとため息を呑み込んで本を渡した。




2011.11.01 明晰
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