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夢想庫

気まぐれ書き綴る夢小説もどきの置き場

   

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第二夜 義兄弟の盃 <壱>



帰宅したリクオは、居間で家の妖怪達が貪っている高級菓子を見て、また性懲りも無く盗んで来たのかと祖父を怒った。しかし妖怪達の弁明を聞くところ、その菓子は「鴆一派の鴆」からのお土産らしい。
 久しぶりに鴆の名を聞いて驚いた。彼がここに来たのはリクオが小学生の時以来だ。
 客間に通されていた鴆を、リクオは襖の影からこっそりと覗き込み、いかにもヤクザというような目つきの悪いガラの悪そうな青年と目が合った。彼が鴆だ。数年前会った時と比べ、あまり変わっていないように見える。
 リクオが現れると鴆は親しげに、しかし立場を踏まえた挨拶をする。
「若! お久しゅうございます!」
「ぜ、鴆さん、お久しぶり」
「はは、鴆“さん”などと。鴆でいいのに」
 奴良組には色んな奴がいるが、任侠、ヤクザと聞いて一番に浮かぶのは誰かといえばこの鴆だろう。
 呑気に言葉を交えたが、内心リクオはハラハラしていた。今や薬・毒薬を司る「鴆一派」の頭領である彼が一体何のようなのだろうか。
 襖の向こうから覗き見している妖怪達がヒソヒソと騒がしい。
「あの方、何しに来たんじゃ」
「若とどういうご関係じゃ」
「鴆一派の頭首で、小さい頃若とよく遊んでくれた……」
「まあまあ、ではつもる話もあるでしょう」
「こら静かに! ご、ごめんね鴆さん。いつも言ってるんだけど、迷惑かけるなって」
「いえいえ、賑やかで良いです。さすが本家ですな」
 はっはっはっと笑う鴆は、良きお兄さんという風体だ。
 雪女がお茶を運んで来た。
「若ー、お茶ですわ」
 客人の前だからか畏まった言葉遣いで、少し足早に入って来た。後ろで妖怪達が雪女の足元を心配している。案の定、何も無いところで躓いて、しかもあろうことか容れたて熱々のお茶をリクオの頭に被せた。
「あ、熱っ!?」
「きゃあ! 若、ごめんなさい!!」
「くぉおおおおらぁああ! 何してくれとんじゃいアマぁああ!」
 片膝立て、怒鳴り声を飛ばす鴆に二人は唖然と見上げた。
「リクオ様、いや義兄弟に何かしてみろ! この鴆が貴様の息の根止めてやる!!」
 雪女がひぇええと涙目に部屋を飛び出した。がすぐに、襖の影から鴆を睨みつける。彼女の側近としてのプライドに火花が散ったようだ。なによアイツ、と小声で呟く。
 今のやり取りがまるでなかったかのように座り直すと、鴆は再び笑顔浮かべ、リクオの様子を窺う。
「今日はどんなイタズラをされたんですかい?」
「あ、いえ……」
 このテンションの上げ下げの激しさがリクオは苦手だった。
 どうやら彼の中ではリクオはまだイタズラ好きの小僧のままのようだ。仕方ない、鴆は体質的な問題であまり本家に顔を出さないのだから。
「総会になかなか参加出来ず、申し訳なく思っております」
 頭を下げられ、リクオは苦笑する。
 そもそもリクオは総大将の孫でありながらまったく参加していない。
「あー、大丈夫あんなの。どうせ悪事自慢大会なんだもん」
「なんと、そのような発言! 若がおしゃってはなりませんなあ。なんせ若は万の妖怪の主となるのですから!」
「……え?」
 気まずい沈黙が降りる。
 鴆がこの屋敷に来るのは実に五年ぶり。その頃はまだリクオも三代目を目指していた。その一年後にリクオの方針が変わったことを鴆は知らないのだろうか。
 二人の間に五年と言う温度差を実感した時だった。
「若が奴良組を継ぐ姿をこの鴆。今か今かと楽しみにしているのです!」
 それは期待に満ちた瞳だった。思えば鴆はリクオと親しい側近達並にリクオの三代目襲名を強く願っていた気がする。
 リクオはなるべく彼を刺激しないように言葉を選んだ。
「やめてよ~。僕は継げないよ、人間だし」
 しかしリクオは言葉の選択を誤った。言った瞬間鴆の笑顔は一変、強面に迫りかかった。
「ふざけんじゃねえ!!」
 怒声を浴びて、リクオは勢いで尻餅をついた。唖然と鴆を見上げる。
「聞いてるぞリクオよ! てめえがふぬけで、誰一人賛同を得られず三代目を継げんでいるのを!!」
 鴆の口調がからりと変わって、昔のようになった。
 賛同を得られないからっというのももちろんあるが、細かく言えばまずリクオ自身が継ぐ気がない。
「知ってたの?」
「当たり前だ! どういうことか説明してもらおうか!!」
「だ、だって妖怪の総大将が人間だったら変でしょ? だから僕が継ぐのは無理だよ!」
 言い訳がましい態度に鴆は、まさに腸が煮えくり返る思いだ。
「死ねぇええええ! このうつけがぁあ!!」
 鴆の放った“毒”羽がリクオに襲いかかる。
「いつの間にそんな軟弱になりおった!!」
「うわあ! 誰か止めてー!!」
 側近達が慌てふためく。
「こんな奴のために……生きているわけじゃないわー! ええい、帰る!」
 そう叫んだ後、咳き込み、口を抑えた指の隙間から血が流れる。鴆は病弱な男でもあった。
 毒羽を飛び散らせたかと思えば、今度は客間の畳に血が散った。


◆ ◇ ◆


 “鴆”
 “その羽を酒に浸せば、五臓六腑が爛れて死に至る猛毒の鳥妖怪。”
 “どのような薬も、経年によって猛毒に変わるように、鴆も生まれた時はそれは美しい鳥だったという。やがて元服のころ、羽が猛毒へと変わる。だが反面、その特性ゆえか、一族は大変体の弱い、いつ消えてもおかしくない儚げで、弱い妖怪である。”


「鴆様もなかなか本家に顔を出せず。今日は何故か……」
 リクオに鴆という妖怪は何かと説明したところで、鴉天狗は小さく首を傾げた。
 本家お目付役の彼にも鴆の訪問理由は知らなかったらしい。しかしリクオは気づいた。鴆を呼んだのは祖父だ。
「呼んだのじーちゃんだろ! 僕に説教させるために!」
「……フン。バレちゃぁしょうがねえ」
「総大将だったのですか!?」
 鴉天狗はなにも知らされていなかったことにショックを受けたらしい。ぬらりひょんの突然の思いつきは今に始まったことではないのに。
「なに考えてんだよ! 鴆くんは動いちゃいけない体だってのに! ひどいよ!!」
「ひどい?」
 ぬらりひょんはギロリっと睨んだ。急に機嫌を悪くしたかと思うと、立ち上がって部屋を出て行く。
「そう思うなら、ワシの奴良組、やっぱお前にゃ譲れんわ」
「なに言ってんだ……。こっちこそ願い下げだっつーのに」
 そう呟くと鴉天狗困ったように言った。
「リクオ様、昼の勉強も大事ですが、夜のお勉強もおこたらんで欲しいですな」
 しかしリクオは聞いていなかった。
「何が『ワシの奴良組』だよ。妖怪が集まって悪さしてるだけじゃん!」
「それは違います、リクオ様」
 今度はズズズイっとリクオの視界に入るように前に出た。
「少しは我々のことも知ってください。納豆小僧! “奴良組百鬼夜行画図”をここへ!」
 呼ばれ、手に丸められた紙を持って来た納豆小僧が、畳の上にそれを広げた。
 大きな日本地図のようなそれには、関東の地域ごとに家紋が描かれていた。
「これは組織図です。いいですか? ここが『奴良組』」
 鴉天狗が錫杖で指した東京の位置に奴良組の家紋。
「本家の下には、様々な貸元どもがおります。木魚達磨殿の『達磨会』。鴆殿の『鴆一派』など……」
 日本には古来より様々な妖怪がいる。海のモノ、山のモノ、人型、獣、付喪神。最近では社会に溶け込む妖怪も増えて来ている。そのほとんどが闇にひっそり生きる“弱い”者達。
 それらの妖を守る器。それが奴良組の一面でもある。
「リクオ様。貴方がこの一面を継がなければ誰がやるのです?」
 思えばリクオがこうして奴良組の話を聞くのは初めてかもしれない。昔は総大将のことばかり聞いていて、ぬらりひょんの率いる奴良組が一体どういう組織なのか曖昧にしか理解していなかった。
 鴆は弱い妖怪。彼がリクオに三代目を継いで欲しいと思う気持ちには、複雑な事情が絡んでいるのかもしれなかった。


◆ ◇ ◆


「おかえりなさい瑞樹ちゃん」
「……ただいま」
 ここは自宅ではない奴良組の屋敷だ。しかし若菜はいつもこうして「おかえり」と言ってくれる。
 早朝出勤した分、今日は早くに切り上げたからまだ夕暮れ時。
「今日ね、鴆さんが来てたのよ」
「ぜん?」
 聞き覚えのある名に、記憶を探る。
 奴良組の関係者、ぜん……。
「ほら、昔リクオとよく遊んでくれた」
「ぜん……、ぜん……、ぜん、鴆……。ああ、あいつか」
 思い当たるのが一人いた。
 五年前までリクオの遊び相手としてよく本家に来ていた少年だ。リクオ並みのイタズラ小僧で、リクオとタッグを組んではよく側近達を困らせていた。しかし 元服を迎えると体が病弱になって屋敷に引きこもってしまって、総会にも滅多に顔を出さなくなった。彼の一族はそう言うものだと知った時は瑞樹も少し気の毒 に思った。
「まだいるのか?」
「ううん。数時間前に帰ってしまったわ。無理してたみたいでね、吐血までしちゃったからしばらくここで休めば良いって言ったんだけど」
「ここより鴆一派の所のほうが薬の揃えも良いし、帰してよかったんじゃないか」
「そうかしら?」
 人間だったら吐血までしたら大騒ぎものだが、妖怪は丈夫だ。人間のようにそう簡単にくたばりはしないだろ。
 若菜と並んで廊下を歩いていると、前方から酒瓶片手に鴉天狗を従えたリクオが歩いて来た。
「おや、これは瑞樹殿」
「あ、おかえりなさい瑞樹さん」
「ただいま。……どこか行くのか?」
 中学生が酒瓶片手にどこに。しかもよく見れば酒は上等物の妖銘酒。
「ちょっと鴆さんのところに、謝りに」
 なるほど酒は詫びの品というわけか。しかしリクオが何か鴆にしたのだろうか。
 事情を聞けば、鴆が吐血するほど具合が悪くなったのはリクオが彼を怒らせて興奮させてしまったかららしい。
「夕食までには帰るよ」
「……ちょっと待てリクオ。私も行く」
「え?」
 付き添いが鴉天狗だけというのが不安なわけではなが、朧車に乗って行くからといって夜に出かけさせるのは少し心配だ。昨夜の旧校舎の件もある。
 リクオは知り合いの家とはいえ妖怪屋敷に瑞樹を連れて行くのが少し不安のようだ。ここも妖怪屋敷だということを棚に置き忘れている。




2011.10.23 明晰
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