夢想庫
気まぐれ書き綴る夢小説もどきの置き場
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第零夜 総大将の血 <参>
「四分の一しか血を継いでないから一日の四分の一しか妖怪になれない? ぬらりひょんの血は随分と洒落てるな」
朝になって人間に戻ったリクオが側近達に運ばれて戻って来た時は心臓が冷えた。寝ているだけと分った時は全身から力が抜けた。
側近達の話を聞いた瑞樹が呟くとぬらりひょんは眉間に皺を寄せた。
「わしの血がどうのこうのという問題じゃないだろ」
若菜は今、部屋で寝かされているリクオの側にいる。トンネルで大活躍している頃は本家の居間で平然としているように見えたが、実はもの凄く心配していたらしい。
朝だというのに本家の妖怪達は若の初陣を祝って完全な宴会騒ぎ。リクオが起きれば騒ぎはもっと派手になるだろう。
リクオの三代目襲名に疑念を抱いていた木魚達磨は今回の件で、大きく見直したことだろ。リクオに流れる妖怪の血は目覚めた。あとは、他の奴らがこれから どういう風にリクオを見るか、また、どういう風にリクオが変化していくか。出来ればあまり変わらないでほしいと思う。若菜に似た日溜まりのような笑顔が宵 闇の冷たい風のようになってしまったら少し悲しい。子供の変化はいつも感動与える反面で寂しさをももたらす。
「さて、もう一度総会をやり直すかの」
煙管の灰を灰皿に落とし、煙を吐き出しコタツを出て立ち上がる。
「リクオに三代目を襲名させる気?」
「今回の事を知れば、全員は無理でも何人か納得させられるじゃろ。……それに、昨夜リクオは間違いなく三代目になると言ったんじゃ。やる気は酌まねばの」
一端は取り消しになりかけた三代目襲名。誰よりも、ぬらりひょんが望んでいることは知っていた。多少酒が入っているが、よほど嬉しかったのか、鴉天狗など今も興奮気味で、トンネルの中でのリクオのモノマネまでやっている。
本人が望むなら瑞樹だって止める気はない。今は無理でも、昨夜をきっかけにリクオが三代目になる日も近付いたことだろう。
◆ ◇ ◆
あんな事故が起きた後だから学校は休校。昼にリクオが目を覚ました時、ぬらりひょんを含め、妖怪達は危うく顎を外しそうになった。
すっかり姿も思考も人間に戻ってしまったリクオは、昨夜のことをうろ覚え、自分が何を言ったのかすらもよく覚えていなかった。しかも「三代目は継がな い!」と昨夜とはまるで正反対の明言。さらには、人間<ともだち>に嫌われない良き人間を目指すべく妖怪任侠とはまったく違う道に一歩前進。
でもまあ夜になれば、というぬらりひょん達の淡い期待も裏切って、その後リクオが変化することは二度となかった。
「リクオ? そのメガネどうした?」
この間の視力検査で2.0以上の結果を出したばかりだというのに、メガネ姿に瑞樹は首を傾げた。
「えへへ。立派な人間になるために、まず形から入ろうと思って」
照れくさそうに笑うリクオの顔からメガネを取って翳すと、度が入っていない伊達メガネだと気づいた。おそらく若菜あたりが用意したのだろ。リクオが立派 な人間になろうとしていることは分る。形から始めようとするのも何かに憧れている人にはよくある傾向だ。しかし何故メガネなのだろうか。
「僕が思う“立派な人間”って誰だろうって考えたら、一番に瑞樹さんが浮かんだから」
だからこれは瑞樹さんのマネ、とにっこりと笑うリクオはなんと可愛らしいことか。
仕事上、細かい字を読むことが多い瑞樹は度が低めのメガネを掛けていた。別になくても支障はないが、仕事帰りは掛けっぱなしでいることが多く、リクオがよく目にするのはメガネを掛けた瑞樹の姿だった。
思わず瑞樹は衝動にかられるままに小さな体を抱きしめた。腕の中でリクオが少し慌てて恥ずかしそうにもがくが無視した。柔らかい甘栗色の頭に頬擦りする。
リクオに会うまで、正直瑞樹は子供が苦手だった。無表情とつり目が怖がられるのか子供に好かれたこともなかった。特に好きでもないし、今だってリクオ以外の子供に関心があるわけでもない。
自分の子供でもないのに瑞樹はリクオがどうしようもないくらい愛おしかった。こんな感情を若菜以外に抱く日がくるなんて、若き日の瑞樹も微塵も思いもしなかったことだ。ただ若菜の子だからではない、リクオがリクオだからだ。
「ああだけどリクオ、私はあまり見本にしない方がいい」
腕の中から顔上げてリクオが不思議そうな顔をする。
「私は、立派な、というかあまり良い人間ではないから」
苦笑して髪を掻き回すと、リクオは「うわ!?」っと声を上げて驚いた。
◆ ◇ ◆
そんなことがあってから数年後、リクオは中学生になった。
小学校は出張のせいで入学式に参加出来なかったが、今回の入学式に若菜と並んで参加することが出来た。
奴良リクオ、12歳の春――。
「今年も、またダメか……?」
夜通しで行われた総会。襖の向こうは明るい。
「ダメですねぇ」
「では、早朝まで及びましたが……今回の会議でも、奴良リクオ様の三代目襲名は先送りということで……」
やっと終わった無駄とも思える会議に多くの者がため息を吐きながらぞろぞろと退出していく。ぬらりひょんはそれを悔しさを噛みしめて見送った。
「ぐうう……。誰も賛成してくれん」
「しかたありませんよ総大将。普段の若が……アレでは」
木魚達磨が指差す先に、爽やかな朝を迎えて出かけようとするリクオの姿。
まだ朝も早く、弁当も用意していないので若菜は困った。
「お弁当、用意してないわ」
「いいよ。購買で何か買うから」
浮世絵中に給食はない。そのかわり購買があるので、弁当を持って来ない生徒の大体はそこを利用する。
「あ、若! おはよーございまーす! ご支度を……」
「おはよ。いいよ自分でやったから!!」
爽やかに言ってくれるが昔だったら自分達がやるはずだった役目を失い、側近達はすこし悲しそうだ。
朝のやり取りをぬらりひょんは不満げに見ていた。
「なんでアレ以来変化せんのかのぅ」
「『あの時』は立派な妖怪になるものと思っていましたが……」
丁度玄関への通り道になる廊下に立って喋っていると、リクオが気づいたようで叱りつけるような顔をした。
「おじいちゃん、また会議?」
「う……ム……」
「ダメだよ! 悪巧みばかりしてちゃ! ご近所に迷惑かけないよーに! じゃ、学校行ってきます!!」
世の中学校を嫌がる子供が多いというのにリクオは楽しそうに出かけて行った。その後姿を見送ってぬらりひょんは肩を落とした。
「うーむ。むしろ『立派な人間』になっているような気がしますなぁ」
木魚達磨は同情し、そして慰めるように。
「ま、我々も昼は大した活躍出来ないですから。だが、夜になれば……」
ぬらりひょんは深い深いため息を吐いた。
「いつまでワシが総大将でおりゃいいんじゃ。早く隠居して楽に暮らしたいんじゃがのぉ~。あいつが三代目を継ぐのは、いつになるんじゃろうのぅ~」
「さぁて、どうなりますか……」
<第零夜 総大将の血>終
2011.10.08 明晰
朝になって人間に戻ったリクオが側近達に運ばれて戻って来た時は心臓が冷えた。寝ているだけと分った時は全身から力が抜けた。
側近達の話を聞いた瑞樹が呟くとぬらりひょんは眉間に皺を寄せた。
「わしの血がどうのこうのという問題じゃないだろ」
若菜は今、部屋で寝かされているリクオの側にいる。トンネルで大活躍している頃は本家の居間で平然としているように見えたが、実はもの凄く心配していたらしい。
朝だというのに本家の妖怪達は若の初陣を祝って完全な宴会騒ぎ。リクオが起きれば騒ぎはもっと派手になるだろう。
リクオの三代目襲名に疑念を抱いていた木魚達磨は今回の件で、大きく見直したことだろ。リクオに流れる妖怪の血は目覚めた。あとは、他の奴らがこれから どういう風にリクオを見るか、また、どういう風にリクオが変化していくか。出来ればあまり変わらないでほしいと思う。若菜に似た日溜まりのような笑顔が宵 闇の冷たい風のようになってしまったら少し悲しい。子供の変化はいつも感動与える反面で寂しさをももたらす。
「さて、もう一度総会をやり直すかの」
煙管の灰を灰皿に落とし、煙を吐き出しコタツを出て立ち上がる。
「リクオに三代目を襲名させる気?」
「今回の事を知れば、全員は無理でも何人か納得させられるじゃろ。……それに、昨夜リクオは間違いなく三代目になると言ったんじゃ。やる気は酌まねばの」
一端は取り消しになりかけた三代目襲名。誰よりも、ぬらりひょんが望んでいることは知っていた。多少酒が入っているが、よほど嬉しかったのか、鴉天狗など今も興奮気味で、トンネルの中でのリクオのモノマネまでやっている。
本人が望むなら瑞樹だって止める気はない。今は無理でも、昨夜をきっかけにリクオが三代目になる日も近付いたことだろう。
◆ ◇ ◆
あんな事故が起きた後だから学校は休校。昼にリクオが目を覚ました時、ぬらりひょんを含め、妖怪達は危うく顎を外しそうになった。
すっかり姿も思考も人間に戻ってしまったリクオは、昨夜のことをうろ覚え、自分が何を言ったのかすらもよく覚えていなかった。しかも「三代目は継がな い!」と昨夜とはまるで正反対の明言。さらには、人間<ともだち>に嫌われない良き人間を目指すべく妖怪任侠とはまったく違う道に一歩前進。
でもまあ夜になれば、というぬらりひょん達の淡い期待も裏切って、その後リクオが変化することは二度となかった。
「リクオ? そのメガネどうした?」
この間の視力検査で2.0以上の結果を出したばかりだというのに、メガネ姿に瑞樹は首を傾げた。
「えへへ。立派な人間になるために、まず形から入ろうと思って」
照れくさそうに笑うリクオの顔からメガネを取って翳すと、度が入っていない伊達メガネだと気づいた。おそらく若菜あたりが用意したのだろ。リクオが立派 な人間になろうとしていることは分る。形から始めようとするのも何かに憧れている人にはよくある傾向だ。しかし何故メガネなのだろうか。
「僕が思う“立派な人間”って誰だろうって考えたら、一番に瑞樹さんが浮かんだから」
だからこれは瑞樹さんのマネ、とにっこりと笑うリクオはなんと可愛らしいことか。
仕事上、細かい字を読むことが多い瑞樹は度が低めのメガネを掛けていた。別になくても支障はないが、仕事帰りは掛けっぱなしでいることが多く、リクオがよく目にするのはメガネを掛けた瑞樹の姿だった。
思わず瑞樹は衝動にかられるままに小さな体を抱きしめた。腕の中でリクオが少し慌てて恥ずかしそうにもがくが無視した。柔らかい甘栗色の頭に頬擦りする。
リクオに会うまで、正直瑞樹は子供が苦手だった。無表情とつり目が怖がられるのか子供に好かれたこともなかった。特に好きでもないし、今だってリクオ以外の子供に関心があるわけでもない。
自分の子供でもないのに瑞樹はリクオがどうしようもないくらい愛おしかった。こんな感情を若菜以外に抱く日がくるなんて、若き日の瑞樹も微塵も思いもしなかったことだ。ただ若菜の子だからではない、リクオがリクオだからだ。
「ああだけどリクオ、私はあまり見本にしない方がいい」
腕の中から顔上げてリクオが不思議そうな顔をする。
「私は、立派な、というかあまり良い人間ではないから」
苦笑して髪を掻き回すと、リクオは「うわ!?」っと声を上げて驚いた。
◆ ◇ ◆
そんなことがあってから数年後、リクオは中学生になった。
小学校は出張のせいで入学式に参加出来なかったが、今回の入学式に若菜と並んで参加することが出来た。
奴良リクオ、12歳の春――。
「今年も、またダメか……?」
夜通しで行われた総会。襖の向こうは明るい。
「ダメですねぇ」
「では、早朝まで及びましたが……今回の会議でも、奴良リクオ様の三代目襲名は先送りということで……」
やっと終わった無駄とも思える会議に多くの者がため息を吐きながらぞろぞろと退出していく。ぬらりひょんはそれを悔しさを噛みしめて見送った。
「ぐうう……。誰も賛成してくれん」
「しかたありませんよ総大将。普段の若が……アレでは」
木魚達磨が指差す先に、爽やかな朝を迎えて出かけようとするリクオの姿。
まだ朝も早く、弁当も用意していないので若菜は困った。
「お弁当、用意してないわ」
「いいよ。購買で何か買うから」
浮世絵中に給食はない。そのかわり購買があるので、弁当を持って来ない生徒の大体はそこを利用する。
「あ、若! おはよーございまーす! ご支度を……」
「おはよ。いいよ自分でやったから!!」
爽やかに言ってくれるが昔だったら自分達がやるはずだった役目を失い、側近達はすこし悲しそうだ。
朝のやり取りをぬらりひょんは不満げに見ていた。
「なんでアレ以来変化せんのかのぅ」
「『あの時』は立派な妖怪になるものと思っていましたが……」
丁度玄関への通り道になる廊下に立って喋っていると、リクオが気づいたようで叱りつけるような顔をした。
「おじいちゃん、また会議?」
「う……ム……」
「ダメだよ! 悪巧みばかりしてちゃ! ご近所に迷惑かけないよーに! じゃ、学校行ってきます!!」
世の中学校を嫌がる子供が多いというのにリクオは楽しそうに出かけて行った。その後姿を見送ってぬらりひょんは肩を落とした。
「うーむ。むしろ『立派な人間』になっているような気がしますなぁ」
木魚達磨は同情し、そして慰めるように。
「ま、我々も昼は大した活躍出来ないですから。だが、夜になれば……」
ぬらりひょんは深い深いため息を吐いた。
「いつまでワシが総大将でおりゃいいんじゃ。早く隠居して楽に暮らしたいんじゃがのぉ~。あいつが三代目を継ぐのは、いつになるんじゃろうのぅ~」
「さぁて、どうなりますか……」
<第零夜 総大将の血>終
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