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夢想庫

気まぐれ書き綴る夢小説もどきの置き場

   

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第零夜 総大将の血 <壱>



開館時間前。長い黒髪を後ろで一つに纏め、メガネを掛けた女が、新刊コーナーに購入したばかりの本や雑誌を並べていた。最後に新聞コーナーに収めるべき今日の朝刊を手に取ってその場で広げた。一枚目を広げて真ん中より左下の部分に、昨日の土砂崩れの記事が載っていた。
 現場はトンネル付近。時間帯的にそれほど多く車は通っていなかったが、一台だけ、帰宅途中の浮世絵小の子供達を乗せたバスがトンネルに閉じ込められてしまった。事故は夕方に起こり、救出は夜明けまで掛かった。負傷者は何名か出たが死者が出なかったのは幸いであった。
 ただ不思議な事に、救助隊が到着した時にはすでにトンネルを塞いでいた瓦礫の山が崩れ人が簡単に通り抜けられるような隙間が出来ていたのだ。そのため、 救助隊はただトンネルから子供を出すだけで救助活動が終わってしまい、呆気なかったっと隊員がコメントしている。そして現場に駆けつけた子供達の保護者に よると、奇妙な生き物が瓦礫を崩して中に入って行ったという。さすがにその目撃談は新聞にではなく雑誌の方で小さく記事の最後辺りの一文に収まっていた。
 そういうわけで、昨晩明け方まで生中継で騒がれていた事故はあっという間に解決。
 前日に雨が降って地盤が緩んでいた訳でもないのに、しっかりと補強されていたトンネル付近で土砂崩れが起きたという不審な点は、補強が脆くなり車の僅かな振動が日々積み重なった結果起きた事だと、ニュース番組のゲストの専門家の言葉によって片付けられてしまった。
「有沢さーん、そろそろ開館よー」
 カウンターの方から呼ぶ声が聞こえ、ずれたメガネを押し上げて新聞を畳んで仕舞う。今日の仕事は書庫の整理から、と考えながら、軽くなった台車を押してカウンターの方に向かった。


◇ ◆ ◇


 ――前日夕方頃。
 瑞樹はテレビを睨みつけていた。
 同じコタツに入り、真っ正面からテレビと向かい合っているぬらりひょんは呑気に茶を啜っている。茶を啜る僅かな音と、庭で騒ぐ者達の雑音が混じり合って瑞樹の耳に入る。彼女の握る湯のみが喋る付喪神だったら、圧迫感で悲鳴どころかうめき声一つ出すこと敵わないだろう。
 画面に映し出される事故現場の映像は、瑞樹の最も親しみ深い子供の危険を暗示するようなものだ。女性アナウンサーの説明を聞きながら、不安はもちろん、情報が不足していて子供の現状を掴めていない状態ですぐに行動できないことに感じる苛立ちの方が遥かに勝る。
 手元のノートパソコンと携帯を使って情報をかき集めてはいるが、望む情報が入ってこない。あとは子供を迎えに行った鴉天狗の帰りか、報せを待つしかない。
 少し冷静でならなければ、と彼女自身気づいて茶を飲もうと思ったが、すでに手元の湯のみは空だった。
 イライラと指がコタツを叩く。
「鴉天狗はまだなのか?」
「リクオ様は――」
「やはり――」
 庭でざわめき合う妖怪達が互いに不安を掻き立て合う。
 一言言って黙らせようと瑞樹は口を開きかけたとき、雪女が空を見上げた。
「若!!」
 小さな鴉天狗が両腕で少年をぶら下げて帰ってきた。
 妖怪達が少年のもとに集い、黒田坊と青田坊が大げさに喚き少年を抱き締めた。
「え? なに? どうしたの?」
 出迎えにしては大げさな反応に少年は困惑する。
 瑞樹はコタツから出て妖怪達を掻き分け、少年に近づく。
「おかえり、リクオ」
「あ、ただいま瑞樹さん。みんな、何かあったの?」
「ああ。今、ニュースで――」
 テレビが新たな情報を告げた。
 トンネルに閉じ込められたのはバス運転手と、帰宅途中の浮世絵小学校の子供達数名。
 リクオと同じ学校の子供達だ。
「え?」
 聞こえた情報を疑うようにリクオの目はテレビに釘付けになる。
「若がご無事で良かったっ!」
「おい誰か白湯を持ってこい!! ショックですよねー」
「リクオ、お前運が良いのう」
 安堵する雪女の涙声も、慰める青田坊の声も、感心するぬらりひょんの声も耳をすり抜けて、リクオはテレビに映る映像にサッと顔を青くした。
「リクオ?」
 瑞樹の声すら届いていない。
「助けに……行かなきゃ……」
 焦る心。数時間前、自分を置いてバスに乗っていたクラスメイト達の顔が頭に浮かぶ。
(どうしてこんなに日に限って!)
 バスに乗らなかった自分を悔やみ、リクオは羽織を纏って駆け出す。
「どこへ行くんじゃ! こんな時間から!?」
 リクオが履物を求めると小妖怪が焦りながらも持ってくる。
「決まってるじゃんか! カナちゃんを助けにいく!! ついてきてくれ、青田坊! 黒田坊! みんなも!」
「へ、へいっ!」
 本気で助けに行こうとするリクオを瑞樹が制止の声をかける前に、木魚達磨がリクオ達の前に立ち塞がった。
「待ちなされ!」
「木魚達磨殿……?」
「なりませんぞ、人間を助けに行くなど……言語道断!!」
 呆気にとられるリクオ達を見て木魚達磨はさらに続ける。
「そのような考えで我々妖怪をしたがえることが出来るなどお思いか!?」
 木魚達磨の言いたいことは人間である瑞樹にもわかった。本来妖怪とは人間に恐れを感じさせても助けることなどない。しかし、四分の一しか妖怪の血を引いていないリクオは人間よりの思考を持つ。
「我々は妖怪の総本山……、奴良組なのだ!! 人の気まぐれで百鬼を率いらせてたまるか!!」
 あからさまなリクオに対する反発に衝撃を受けたのは、リクオ本人はもちろん、側近の青田坊等(ら)もであった。
 まずい空気の流れだ。
「達磨殿! 若頭だぞ! 無礼にも程があらぁ!!」
「無礼?」
 小馬鹿にするような声が瑞樹の耳に付き、眉を顰める。
「フン! 貴様、奴良組の代紋『畏』の意味を理解しているのか? 妖怪とは……人々におそれを抱かせるもの。それを人助けなど、笑止!!」
 耐えきれなくなった青田坊が掴みに掛かる。
 総大将のぬらりひょんといえば、事の成り行きを傍観していた。周りの妖怪達も騒ぎ始める。ここは割り込んで止めるべきか、瑞樹は呆れたようにため息を吐いた。
「や……、やめねぇか!!」
 その場にいた者達ははっと我に返った。騒ぎを制止した声、それは誰もがよく知る声で、ここにいる者達の中で一番歳若い少年のもの。
「リクオ……?」
 見えない変化を瑞樹は空気を通して感じた。慣れ親しんだ気配が日が沈むようにゆっくりと変わっていく。
「時間がねえんだよ。おめーのわかんねえー理屈なんか聞きたくないんだよ木魚達磨!!」
 この気配は瑞樹の嫌いな“アイツ”のモノと似てる。
「なあ、みんな……」
「若?」
「わ、若の姿が……」
「お、おい……」
「俺が『人間だから』ダメだというのなら」
 変化が姿にも表れ始めた。若菜譲りの甘栗色の髪は、夜闇のなか月光に輝く白銀の長髪に。若菜似の大きな瞳は、細く鋭く。いつの間にか一人称までも変わる。
「妖怪ならば、お前らを率いてもいいんだな! だったら……人間なんてやめてやる!!」
 今まで、その瞬間まで人のモノだったそれが、次の瞬間にはこの屋敷に多く存在する妖怪のモノへと転じた。
 その立ち姿は、幼いながらも彼の者を思い出させる。
 まるで別人のように変わったリクオに妖怪達が騒ぐ。この場で落ち着いていたのはぬらりひょんと瑞樹ぐらいだった。
「おめーら、ついてきな」
「若!? 待ちなされ!!」
「待つのはお前だ、木魚達磨」
 瑞樹は再度止めようとする木魚達磨の肩を掴んで引き止めた。
「離されよ、瑞樹殿。今は若を……」
 振りほどこうとすると、首無が近づいてきて木魚達磨に耳打ちする。
「落ち着いてください。木魚達磨殿。……リクオ様の乗られるはずだったバスが事故にあったということは、誰かに狙われたのかも……。刺客か、もしくは……」
「その可能性は大きい。なにせ、あの日の総会でリクオへの不満をあからさまにしていたヤツもいたしな」
 瑞樹と首無の言葉に思い当たるふしがあったらしく、木魚達磨は大人しく口を閉じた。
 妖怪達を引き連れ、リクオは夜空を渡る。その様はまさに百鬼夜行。その中に加わることの出来ない瑞樹は、現場に向かう彼らを見送った。
「……どんなに血が薄まろうと、やはりぬらりひょんの孫、というわけか」


◆ ◇ ◆


「今夜は何だか、血が熱いなあ……」
「リクオ様、言ったでしょう。それが妖怪の血です」
 嬉々とした様子の鴉天狗が言う。
「血?」
「おじいさまの血です」
「リクオ様はワシらを率いていいんです。あなたは……」
 ――総大将の血を、四分の一も継いでいるのですから!!――





2011.10.07 明晰
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